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Turning Point 転機をチャンスに変えた瞬間~ビジネスの現場から~

80歳の自分が今の自分を見て、どう思うか? 子供に胸を張れる生き方を 80歳の自分が今の自分を見て、どう思うか? 子供に胸を張れる生き方を

大企業の同期トップで所謂出世街道を走っていたものの、こみ上げる情熱にしたがって起業。絵本ナビを立ち上げたのが金柿秀幸さんである。絵本の試し読みやレビューのシェアなど、いまや600万人が利用する人気サービスを構築した金柿さんのターニングポイントに迫った。
株式会社 絵本ナビ 代表取締役社長 金柿 秀幸氏

金柿 秀幸氏

1968年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、大手シンクタンクにて、システムエンジニアとして民間企業の業務改革と情報システム構築を推進。その後、総合企画部調査役として経営企画に従事。2001年、愛娘の誕生にあわせて退職。約半年間子育てに専念した後、株式会社絵本ナビを設立し、代表取締役社長に就任。2002年、絵本選びが100倍楽しくなるサイト『絵本ナビ』をオープン。2003年、「パパ’s絵本プロジェクト」を結成、全国で絵本おはなし会を展開中。NPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事。

著書

「同期トップ」からの転身

金柿さんが起業を考え始めたのはいつですか。
学生時代からです。イオングループで経営者をやっていた父の影響を受けました。実は中学生の頃は父の仕事がちょっと嫌でした。肌着やお弁当を売る商売と捉えていたので、思春期の中学生男子としては格好悪いなと(笑)。その一方、私が大学生になる頃にはイオンが関連会社を次々に立ち上げ、父はアメリカの会社と合弁でつくったレッドロブスタージャパンの初代日本人社長になりました。そしていままでなかったお店が六本木にオープンし、テレビでどんどんCMが流れるようになりました。そのCMは父が私たち家族に三つの案をビデオで見せて「どれがいいか」とリサーチして決めたものでした。そうやって何もなかったところからみんなが知っているお店が出来上がっていく様子を見て純粋に「凄い!」と思ったのです。
間近で新しい事業が世の中に出ていく様子を見られたのですね。
アメリカへの視察旅行に同行させてもらったことがあるのですが、そのときはアラスカから入国し、ナパバレーに寄ってサンフランシスコまでプライベートジェットで飛ぶという行程で「滅茶苦茶格好いいな」と思いました。ゼロから何かが立ち上がってくるワクワク感と、本当に世界を股にかけて事業をする格好よさ。そのとき、私もいつか自分の生み出した商品、サービスを世に問いたいという思いがふつふつと湧いてきました。ただ、いろいろ考えたのですが当時は現在と起業の環境が違うこともあって普通に就職し、銀行系のシンクタンクである富士総合研究所(現みずほ情報総研)に入社しました。
なぜ、富士総合研究所だったのですか。
世の中の大きな潮流としてコンピュータが来ているということもあり、システムエンジニアの仕事を選びました。当時は「男は仕事だ」という美学がありましたので、深夜意識がなくなるまで仕事をして、意識がなくなったらタクシーに乗って帰るという生活をしていました。長時間労働が美徳でしたね。そうこうしているうちに27歳で結婚し、会社の評価も非常に良く、100人ほどいる同期のなかで最初に本部へ呼ばれ、経営企画のポジションに入れていただきました。その頃はこのまま一生懸命働いていれば給料がどんどん上がり、マイホームも買えて素敵な人生が待っているのだろうなと思っていました。
そんな金柿さんが起業するきっかけは何でしたか。
自分としては出世街道まっしぐらという感じで頑張っていたのですが、一方で頑張れば頑張るほど幸せから遠ざかっていく感覚もありました。会社の先輩たちをみると子供から「今度いつ帰ってくるの?」と言われ、そういう私自身も家庭生活がすれ違いになっていました。そんな時期に妻から子供ができたこと聞いて、ずっと抑えていた独立起業への思いが再び湧き上がってきたのです。このまま出世コースに乗って、子供ができ家を買ってローンを背負ったらもう勝負はできないだろう、と。また家計のためにはこのまま会社に勤めたほうが良かったのかもしれないのですが、5年後、10年後の我が家をイメージしたとき崩壊した家庭の姿が思い浮かんだのです。いつも忙しく、帰宅しても「お帰り!」と誰もいってくれなくて、「なんでお帰りといわないんだ」「だってお父さん、いつも家にいないじゃない!」と口論しているような。