ハイクラス転職のクライス&カンパニー

「悪友」目線で、物事を選択する。きっとそのほうが人生はユニークで面白くなる。

公開日:2017.01.16

一般家庭向けの二足歩行型コミュニケーションロボットとして大人気を博した「ロビ」や、シャープとの共同開発によるモバイル型ロボット端末「RoBoHoN(ロボホン)」など、ユニークな製品を次々と世の中に送り出し、いまは世界的にも名高いロボットクリエーターの高橋氏。なぜ高橋氏はこうして成功を収めることができたのか、その生き方と考え方について話をおうかがいした。
高橋智隆氏のプロフィール写真

高橋 智隆 氏プロフィール

ロボットクリエイター

1975年生まれ。立命館大学を卒業後、京都大学工学部に再入学。在学中より二足歩行ロボットの開発を始め、2003年の卒業と同時に「ロボ・ガレージ」を創業し京都大学内入居ベンチャー第一号となる。代表作にロボットスマホ「ロボホン」、デアゴスティーニ「週刊ロビ」など。米『TIME』誌で「最もクールな発明」に、『ポピュラーサイエンス』誌では「未来を変える33人」に選ばれる。ロボカップ5年連続優勝。現在、(株)ロボ・ガレージ代表取締役、東京大学先端科学技術研究センター特任准教授、大阪電気通信大学客員教授、ヒューマンアカデミーロボット教室顧問を務める。

Message

志あるハイクラス転職を、クライスと クライス&カンパニー

Interview

二度目の大学生活で、趣味で始めたロボット開発。
それがいまに繋がっている。

――
高橋さんは幼少時代、どのような環境でお育ちになられたのですか。
高橋

両親は、特別に教育熱心というわけではなかったですし、私自身も勉強が好きではありませんでした。親に言われて嫌々勉強するという、ごくごく普通の家庭環境だったと思います。

写真
――
ものづくりは小さい頃からお好きだったのでしょうか。
高橋

工作は好きでした。小さい頃、私も一般的な男子の例に漏れず、超合金のロボットの玩具が欲しくて親にねだったのですが、そんなものは低俗だと親が買い与えてくれたのはレゴブロックでした。しょうがないので、それでよくロボットを作っていましたね。でも、工作ばかりに熱中していたわけでもなく、学校で流行った遊びは一通りやっていました。小学生の終わり頃、当時琵琶湖畔に住んでいたこともあってブラックバス釣りが流行り始め、私もすっかり釣りの虜になりまして、以降、学生時代はずっと釣りに熱中していました。

――
高校卒業後、高橋さんは立命館大学の産業社会学部に入学されていますが、なぜこの学部を選んだのですか。
高橋

私は高校から立命館でしてエスカレーター式で進学できたので、バブル景気の最中、あまり深く考えず、一番楽そうな学部を選んだというのが正直なところです。

――
高橋さんはその立命館大学を卒業後、京都大学の工学部に再入学されています。これはどのような経緯からだったのでしょうか。
高橋

最初は就職しようと考えていました。バブル崩壊で山一證券が破綻したのがちょうど大学4年の時でした。就職難でしたが、自分の好きなことと仕事を合致させたいと釣具メーカーを志望したのですが、意中の企業からは内定は得られず。その時、ものづくりが好きなのだから工学部に進んでおけば良かったなと後悔して、それで1年間予備校に通って勉強し、センター試験を経て京都大学を再受験したのです。まだ学生で居たかった、という面もなくはないですが。

――
そこでもし釣具メーカーに就職が決まっていたら、ロボットクリエーターとしてのいまの高橋さんはなかったと。
高橋

そうですね。京大に入ってから独学でロボットを作り始めて、それがいまに繋がっていますから……最初に手がけたのは、ガンプラの中に歯車を入れて二足歩行できる機構にし、リモコンで操縦できるようにしたロボット。まったくの趣味で作ったのですが、想像以上にうまく歩いてくれて、大学を通じて特許を取って商品化もされました。自分の作品が店頭に並んだ時はやはりうれしかったですね。

――
それがきっかけで起業されることになったのですか?
高橋

それが、起業しようとは学生時代まったく考えていなくて、普通に就職するつもりだったんですね。でも当時、大学発のベンチャーを支援する気運が高まっていて、京大内でもベンチャーインキュベーション施設を作って頂けることになりました。もし失敗したらその時就職すればいいぐらいの軽い気持ちで、京大ベンチャービジネスラボラトリーの第一号として入居し「ロボ・ガレージ」を創業したのです。

自分が欲しいと思うロボットを、<br />ただ純粋にひたすら作り続けているだけ。

自分が欲しいと思うロボットを、
ただ純粋にひたすら作り続けているだけ。

――
独立起業したことで、何かご自身に変化はありましたか。
高橋

特になかったですね。いまもそうですが、ただ自分が欲しいロボットを作っているだけ。ロボット開発への思想も変わっていませんし、自分が作りたいものを勝手に作って世間に見せびらかしていると、企業からの依頼がいろいろと舞い込んできたという感じです。デアゴスティーニ・ジャパン社から発売された「週刊ロビ」もそう。私が開発したオリジナル二足歩行ロボットの「ロピッド」を見て商品化のオファーが来たんです。国内で12万台以上売れましたし、そのうちの4割が女性ユーザーで、ロボットマニア以外にも広く受け入れられました。これはコミュニケーションロボットを世間に認知してもらうきっかけになったと思いますし、商業的な成功を収めたこともあって、それが現在のロボットブームのきっかけの一つだと考えています。シャープとの共同開発によるスマートロボット「RoBoHoN(ロボホン)」にもつながりました。

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――
現在、高橋さんは今後の社会とロボットの関係について、どのようなビジョンを描いていらっしゃるのでしょうか。
高橋

過去、人とコミュニケーションできるパーソナルロボットが何度か注目されてブームが起こりましたが、技術的に未熟だったこともあって、なかなか一般の家庭にまで普及するには至りませんでした。しかし、ブームを重ねるごとに技術も向上し、暮らしの中でコミュニケーションロボットを受け入れる土壌も培われてきた。ですからぜひ、今度こそコミュニケーションロボットを社会に広く普及させたいですね。スマートフォンの代わりに一人一台、コミュニケーションロボットを持つような世の中にすることが、いまの私の究極の目標です。

――
高橋さんは、コミュニケーションロボットがスマートフォンに代わるパーソナル情報端末になりえると確信されていらっしゃるのですね?
高橋

スマートフォンはすでにデバイスとして完成されてコモディティ化し、国内のメーカーは次々と生産を撤退しています。そこには新たなイノベーションが求められているのが現状だと感じています。私はスマートフォンが抱えている唯一の欠点は「音声認識」だと思っています。インターフェイスとして、タッチUIやモーションセンサーは活用されていますが、音声認識はほとんど活用されていません。それを違和感なくユーザーに使わせる端末が、スマートフォンの次を担うデバイスになる。それがコミュニケーションロボットではないかと考えています。

――
確かにスマホに話しかけるよりも、人の形をしたロボットに話しかけるほうが自然ですね。
高橋

ええ。そして人とロボットが絶えずコミュニケーションする関係が築ければ、会話の中から情報を収集することができ、その人に合わせたサービスも提供できる。そんなプラットフォームを、コミュニケーションロボットを介して作り出せれば面白いと思っています。そのためには、音声認識などの基本性能をさらに向上させていくとともに、ロボットのある暮らしをもっと世の中の人々に理解してもらわなければなりません。当初、スマートフォンも人々の暮らしに馴染むのに時間を要しましたし、「ロビ」や「ロボホン」のようなコミュニケーションロボットを次々と開発して社会に発信し、その本当の価値を啓蒙していきたいですね。

徹底的にユニークになれば、<br />競争に陥らず「好きなこと」で生きられる。

徹底的にユニークになれば、
競争に陥らず「好きなこと」で生きられる。

――
高橋さんは“コミュニケーションロボット”という新しい領域を開拓されてこられたわけですが、いままでにないものを生み出すというのは、教えられてできるようなことではないと思います。高橋さんが自由に独創性を発揮されている、その源泉は何だとお考えですか。
高橋

先ほどお話しした通り、単純に自分が欲しいものを作っていることだと思いますね。ITにおいても最初の世代は、ビル・ゲイツにせよスティーブ・ジョブズにせよ、何かビジネス的な戦略があったわけではなく、世の中にはまだ無いが自分が面白いと思うものを好き勝手に作っていたはず。だからこそユニークなものが生まれて、結果的にそれが社会を変えることにつながった。私がロボットを作り始めたのも、ビジネスの可能性などまったく考えていませんでしたし、これで社会を変えようなどと目指していたわけでもなく、純粋に自分の好奇心を満たしたかったから。いまだに設計書など書かずに、その場でモノをいじりながら試行錯誤して作っていますし、それが楽しいんですね。

――
高橋さんのように、自分に好きなことをやって生きていきたいという人は世の中にたくさんいらっしゃると思いますが、でも、ほとんどの人はそれがかなわない。できる人とできない人の違いは、どこにあるのでしょうか。
高橋

私がやっている「好きなこと」は、ある意味とてもユニークなことです。たとえば、音楽が好きなのでバンドを組んでメジャーデビューするとか、サッカーが好きなのでJリーガーになるとか、そうした路線はすでに世間で確立されていて、競争がきわめて熾烈。また、鉄道が好きだからその趣味の世界で生きていきたいと思っても、世の中にはもっと凄いオタクはたくさんいますし、評価のシステムやヒエラルキーが出来上がっている。そのなかで勝ち抜いていくのはなかなか大変なことだと思います。つまり、既存の職業や趣味というのは、どんなにのめり込んでもオリジナリティがあるのかどうか。一方で私は、自分が勝手に思い描いていることに好きで取り組んでいるので、いわゆる競合も存在しませんし競争もない。

――
独立して自由に生きようと思ったものの、実は手がけたビジネスが既に過当競争に陥っていて、結果的に自由にはいきられないというケースはよくあります。
高橋

そうですね。自分らしく生きるためには、自分が目指す方向にユニークさやマニアックさがあるかどうかが大切だと思います。それを見誤るとただ競争に巻き込まれ、かえって生き方が縛られてしまうことにもつながりかねないと思いますね。

――
ユニークさとマニアックさ。誰かの後を追った生き方ではいけないということですね。では最後に、高橋さんのこれまでのご経験を踏まえ、自分らしく生きたいという想いをもつ若い人たちにメッセージをお願いします。
高橋

進学とか、就職とか、あるいは日常の買い物とか、生きていく中で何かを選択しなければならないシーンはたびたびあります。しかし、人はみんなが選んでいるほうに進もうとか、世の中で売れている商品を買おうとか、どうしても保守的な選択をしがちな生き物だと思います。ではどうするか。私は、そういった選択に直面した際、「悪友に相談したらどちらを勧めてくるだろう?」という観点で選ぶと面白いと思っています。悪友ならきっと『興味はあるけど自分でやるのは怖いから、まず人にやらせて様子を見よう』と無茶なほうを勧めてくる。敢えて「無謀なミッションを与えられて四苦八苦する若手芸人」のような立場に自分を追い込むというか(笑)、そういう選択は間違いなくユニークです。苦労も多いけど学びもたくさんあり、結果的に自分らしい人生になるんじゃないかと。無難なほうばかりを選んでいては何も起こりませんし、そんな生き方は実に普通でつまらないですからね。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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インタビューを終えて

「自分らしく生きるためには、目指す方向にユニークさやマニアックさがあるかどうかが大切」と静かに語った高橋さんからは、世の中の競争事には一線を画した悠々さを感じました。自分らしさを求めて独立したのに、かえって生き方が競争に縛られてしまうというのはなんとも息苦しく皮肉なことだと思いますが、現実にはそうしたことは多く起きているような気がします。 インターネットでの情報収集がより手軽になってきた現代においては、生き方やキャリアの事例を入手することは容易になっています。しかしながら違った見方をしますと、それは他の誰かの生き方をトレースしている行為とも言えます。そして、誰もやったことがない生き方は、前例がない、情報がないということで選択するのに過剰なリスクを感じてしまう世の中にすらなってしまっているのかもしれません。 高橋さんがおっしゃられるユニークな生き方というのは、そうしたネットの検索結果に頼らず、自分自身の内なる声に従って柔軟に想像を巡らせることから為し得ることなのだと思いました。「無難な生き方は普通でつまらない」、という高橋さんの言葉を是非若い世代に届けたいと強く感じたインタビューでした。高橋さんご協力ありがとうございました。

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