ハイクラス転職のクライス&カンパニー

自分のポテンシャルは自分が一番信じてあげないといけない ライフイベントとともに描くキャリア

公開日:2014.02.13

端羽英子さんは投資銀行、外資系消費財メーカー、投資ファンド勤務を経て、成長を志す個人や企業とビジネス経験豊富な人材の知識をマッチングするサービス「visasQ(ビザスク)」を展開する株式会社ビザスク(旧:walkntalk)を立ち上げた起業家である。さまざまなキャリアを経ての起業という選択。そこに至るまでにどのような背景があったのか端羽さんのターニングポイントに迫った。
端羽英子氏のプロフィール写真

端羽 英子 氏プロフィール

株式会社 ビザスク(旧:walkntalk) / 代表取締役社長

東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門にて企業ファイナンス、日本ロレアルにて化粧品ブランドのヘレナルビンスタインの予算立案・管理を経験し、MIT(マサチューセッツ工科大学)にてMBA(経営学修士)を取得。 投資ファンドのユニゾン・キャピタルにて、企業投資を5年間行った後、ビザスクを運営する株式会社 ビザスク(旧:walkntalk)を設立。 USCPA(米国公認会計士)合格。

Message

志あるハイクラス転職を、クライスと クライス&カンパニー

Interview

「一度は一国一城の主になってみたい」

――
端羽さんのキャリアのスタートについて教えてください。
端羽

2001年に新卒でゴールドマン・サックスの投資銀行部門に入社したのがスタートです。噂にたがわぬとても忙しい仕事でしたね。入社後いきなりスターバックスコーヒー・ジャパンのIPO案件に入りまして、夜の12時に帰宅したら「早いね」と言われてしまうような生活でした。仕事は面白かったのですが、当時私は学生結婚をしていて、入社1年弱で子供ができたことをきっかけに「すみません、子育てがしたいです!」と言って退職をしました。でも、働く気はちゃんとありまして(笑)、退職後すぐに米国公認会計士の資格を取り、子供が生後9か月のときに日本ロレアルに入社しました。ロレアルでは「ヘレナ・ルビンスタイン」ブランドの予算作りや管理業務を担当させていただき、とても充実していたのですが、そこで1年半働いたころ今度は夫のボストン留学が決まり帯同すべく退職しました。アメリカでは丁度私もMITスローンスクールに受かりまして、ママさんMBAとして2年間勉強しました。ただ、卒業するころには離婚もしていたのですが(笑)。

――
非常に濃密な20代ですね。
端羽

アメリカでは、ゆくゆくは起業をしようと思いビジネススクールに通ったのですが、帰国時にはまだ子供も5歳ということもありまして、起業どころではなかったため、まずは経験を活かしながら、かつ経営層に近い立場に身を置き仕事をしようとユニゾン・キャピタルという投資ファンドに入り5年間働きました。そして2012年に起業したというのがこれまでの流れです。

――
順を追っておうかがいします。なぜ新卒では外資系投資銀行を志望されたのですか。
端羽

父が地元の地方銀行に勤めていて「お金を貸す銀行が産業をつくっているんだ」という話をよくしてくれていたので、金融は面白い、という思いがありました。都銀ではなく投資銀行だったのは新しい金融の分野にチャレンジしたかったからですね。それに、日本の企業は入社後どの部門に配属されるかわかりませんが、ゴールドマン・サックスは「貴方はこの分野のプロになりなさい」という感じで専門分野を決めて就職できるのがいいなと。自分も「この分野のマーケットを創っていきたい」という思いで入社を決めました。

――
ただ、ご出産もあって1年しないうちに退職されたと。
端羽

辞めるときはつわりもひどかったですし、やはり夜の12時まで働いて「早いね」と言われる環境で子育てをしていたら「私だけ早く帰ってごめんなさい」とチームの皆に遠慮しながら働かなければいけません。それより皆8時には帰宅する職場で、過剰な配慮などしてもらう必要なく働けるところがよいと考えました。

――
その後、アメリカに留学し、帰国して投資ファンドに入られるわけですが、もともとは起業したいという気持ちがあったのですね。
端羽

MBAに提出するエッセーにも「起業したい」と書いたのですが、ビジネススクールに行って痛感したのは「世の中には凄い人が本当にたくさんいる」ということでした。当時のボストンはバイオベンチャーブームで、技術も経営もわかる人たちがどんどん起業プランを練っているような状態で、私の「起業したい」という想いはまだまだ甘い、準備不足だとも感じました。

――
そもそも起業したいという気持ちはどこから生まれたのですか。
端羽

社会人1年目で子供をつくり会社を辞めたことでサラリーマン社会の上に登っていく自分の姿がイメージしにくくなりました。既存の会社組織の枠組みの中で、自分がトップになることはないだろうなと。かつ働いている人なら皆、一度は一国一城の主になってみたいものじゃないですか。ですので、トップになるためには絶対に起業は自分の人生のなかで一回はするだろうなと、これはごく自然に思っていましたね。

叩きのめされる中から生まれた事業アイデア

叩きのめされる中から生まれた事業アイデア

――
MBA留学から帰国した後は様々な選択肢があったと思いますが、投資ファンドに就職したのはなぜですか。
端羽

まず経営に近い仕事をしたいという気持ちがありました。かつ金融の仕事もブランドマネジメントの仕事もとても面白かったので、それらを総合的に実践できる環境としてプライベートエクイティという仕事を選びました。ユニゾン・キャピタルでは投資案件のソーシング、投資スキームの検討、ファイナンスのアレンジ、そして投資した企業に入り込み「一緒に会社を変えていきましょう」と業務改革をプロデュースするような仕事もしていたのですが、とてもエキサイティングで非常に面白かったですね。

――
すると非常に面白い仕事ができる環境があるなかで、端羽さんは起業の決断をされたのですね。
端羽

私はユニゾンのなかでは若手だったんですね。なのでそこから次のステージへ成長するには今の延長線上では難しいかもしれないと思っていました。「与えられた仕事をしっかりこなす人」から「リーダーシップを発揮して案件を引っ張る人」になるには、社内での立場を考えると少し遠慮する部分もありましたし、自分には足りない要素もあるなと感じ始めた時期がありました。 また、実は同じ頃子供から「中学受験をしたい」と相談を受けたんですね。さすがに投資ファンド勤務をしながら子供の受験の準備を手伝うことは難しい。そのとき、これはタイミングだなと感じました。そこで「娘の受験サポートもありますが、いちばんプレッシャーをかけられる状況に自分を置いて、自分を成長させたいんです」といってユニゾンに退職を切り出しました。そのとき、「そんなプレッシャーの高い状況で本当に頑張れるのか?」と周囲からは言っていただいたのですが、「だって、自分のポテンシャルは自分が一番信じてあげないといけませんよね」と啖呵を切ったのは、いまでもよく覚えています(笑)。

写真
――
実際、不安やリスクは感じなかったのですか。
端羽

まず自分は事業がうまくいくと思っているから起業するわけですし、万が一うまくいかなくても会社勤めでは絶対にできない起業という経験をすることで、数年後の自分の価値は必ず高まります。そう考えるとリスクなんてどこにもありません。不安は正直全くありませんでした。ただ、会社に「辞めます」と言った時点では、ビジネスプランはなかったのですが。

――
なかったんですか?
端羽

そうなんです(笑)。ただ「個人の知識や経験が世の中ではもっと活かされるべきではないか」というテーマはずっと持っていて、この線でビジネスプランを100個くらいつくりました。しかし、私の周りには起業している方が少なかったので相談する人がおらず、知り合いの伝手をたどってある著名な経営者をご紹介していただきました。その方に自分のビジネスプランをぶつけてみたところ「成功確率ゼロだよ、これ!」とこてんぱんに叩きのめされました。そのとき私はひどく叩きのめされたのにもかかわらず、「これです、これ!」と嬉しくなっちゃいました。

――
厳しい指摘を受けて嬉しくなったんですか?
端羽

その方は実際に私の考えたプランに近い分野でビジネスをされていたため非常にリアリティのあるアドバイスをいただけたんです。「これです、私が欲しかったのは!」と思いました。実際に自分でビジネスをしているわけではないコンサルタントの方のアドバイスは「本当かな?」と思う部分が正直ありますが、やはり実践している方のアドバイスはスッと腹落ちしたんですね。そして「コンサルタントではなく、それぞれの分野を実際に経験している人からリアリティのあるアドバイスを受けられるサービスはどうでしょう?」とその方に相談したところ、「アメリカには料金の高いサービスだけど、あるよ」と教えてもらいました。調べてみるとアメリカのサービスは一部の凄い専門家と、高いフィーを払える一部の会社をつなぐサービスでした。それを日本向けにアレンジし、一部の著名な専門家だけでなくその分野を実践している人なら誰でもアドバイスでき、一方で大企業だけでなく中小企業も手軽に利用できるサービスをしたいと考え、つくったのがvisasQ(ビザスク)です。

他人を事業に巻き込む覚悟があるか?

他人を事業に巻き込む覚悟があるか?

――
ビジネスプランが定まってからは、どう動いていきましたか。
端羽

2012年の7月から動き始め、いまうちにいるエンジニア2人が他の仕事をやりながら週末に手伝うような形で、最初はゆるゆるとシステムをつくっていきました。そして12月に出したベータ版はいま見るとどうしようもないものだったのですが、多少なりとも人に利用してもらううちにだんだん面白くなっていき、登録者も増えていきました。ただ、本当に気合が入ったのは翌年の5月からですね。

写真
――
何かきっかけがあったのですか。
端羽

そのころ、ベンチャーキャピタルからお金を調達しようと思いお話をした方がいたのですが、「よさそうなアイデアだし、コンセプトも、見ている市場も悪くない。でも投資は難しい」と言われたんです。「なぜですか?」と問うと、「チームに気合が足りないからです」と。その時点では手伝ってくれていたエンジニアがまだ他の仕事をやっている状態で、「彼に決意をさせられないあなたのリーダーシップに問題がある」「他のチームよりこのチームが絶対勝つ、という気がしない」とズバリ指摘されて、なるほどと。悔しさと共に自分にスイッチが入った瞬間でした。そこからですね、経済産業省の委託案件が取れたり、エンジニアも当社でフルに働くことを決意してくれるなど色々なことが動き出していきました。

――
指摘される前はフルで働くよう誘ってはいなかったのですか。
端羽

誘ってはいましたが、おそらく私自身が「背水の陣で頑張っているんだから、貴方も飛び込んで来て!」とは言えていなかったと思うんですね。それでは今の仕事を辞めて、この事業に賭けてみようとは決心がつかないですよね。ベンチャーキャピタルの方にはたぶんその私の覚悟の弱さを見破られたのでしょう。

――
人を雇う決断も一つのターニングポイントだったのですね。
端羽

自分一人なら、何かしらで食べていけます。でも実際にビジネスを始め、人をチームに引き入れて初めて「他人の人生を巻き込むリスクがあった」ことに気付きました。いま、うちのチームは「雇う・雇われるの関係ではない」と言ってはいますが、そうは言っても巻き込んでいるのは確かです。襟を正されるような思いがしますし、気合も入ります。

――
今後はサービスをどう発展させていきたいですか。
端羽

現状は進歩してはいますが、まだやりたいことの1%もできていない感じです。visasQが目指しているのは日本で働く人がみんな登録していて、自分の知識を活かしたい、その分野のプロのアドバイスが欲しい、あるいは商談で会う相手について「どんな人だろう」と調べたいときにアクセスするデータベースになりたいと思っています。東京の企業に勤める人の知識は地方の企業にも役立ちますし、日本企業に勤める人の知識は世界の企業にも役立ちます。その逆もまた然りで、たとえば日本企業が海外進出するときに現地の人の知識を活かせるような、そんな仕事に関する知識と経験のデータベースにしていきたいと考えています。

――
とても壮大な事業ビジョンを描かれていますが、そう考えたのはいつ頃からですか。
端羽

「気合が足りない」と指摘されたときからですね。ビジョンや、世界をどう変えたいのかについて漠然と考えてはいたのですが、「それを言葉に出さない限り、あなたには誰もついてこない」と言われて、確かにそうだと思いました。

――
端羽さんは知らず知らずのうちに、いろんな人からきっかけを受けていますね。
端羽

本当に、皆さんあっての私だと思います。私のビジネス人生は、就職、退職、留学、転職、起業とキャリアとライフイベントが密接に絡み合っています。ただ、常に「自分は成功できるはず」、と自分のポテンシャルを強く信じて決断行動するようにしています。その結果、有難いことにこんな自分を応援してくれたり、指摘していただける方々にたくさん出会えている気がしています。本当に感謝の気持ちで一杯です。

構成: 宮内健
撮影: 上飯坂真

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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インタビューを終えて

端羽さんのお話を伺って、自己効力感 (self-efficacy(※)) の強さが人生に与える影響力の大きさをあらためて実感させていただきました。かの稲盛和夫氏は、「なりたい自分を漠然とではなく鮮明にカラーで描けたとき初めてそれは実現される」と説かれていますが、端羽さんの自己効力感の高さと稲盛氏の言葉が示す状態に、相通ずるものを感じました。自分のポテンシャルを強く信じ、突発的なライフイベントにもしなやかに前を向いて対応する。ダメ出しをされても心が躍る。気合が足りないとの指摘すらバネになる。この不確実性の高い現代においては、端羽さんのようなしなやかな強さこそが、自分らしい生き方を引き寄せるポイントになるのではないかと感じるとても素敵なエピソードでした。ありがとうございました。 ※自己効力感 (self-efficacy):カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが提唱した概念。ある行動を起こす際に、上手く行なうことができるという「自信」「確信」。

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