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もっと多くの人に宇宙を体験してほしい。きっとそれは、世界平和にも繋がっていく。宇宙飛行士 山崎直子 もっと多くの人に宇宙を体験してほしい。きっとそれは、世界平和にも繋がっていく。宇宙飛行士 山崎直子
2010年、日本で二人目の女性宇宙飛行士として、国際宇宙ステーション(ISS)の組立・補給ミッションに参画した山崎直子さん。現在は内閣府の宇宙政策委員会の委員を務められているが、宇宙飛行士としてのご自身の体験を次代にどのように繋げていこうとされているのか、当時の思い出とともにお話をうかがった。
宇宙飛行士 山崎直子


宇宙飛行士 山崎直子氏

千葉県松戸市生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、宇宙開発事業団に入社。1999年国際宇宙ステーション(ISS)の宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。2004年ソユーズ宇宙船運航技術者、2006年スペースシャトル搭乗運用技術者の資格を取得。2010年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号で宇宙へ。ISS組立補給ミッションSTS-131に従事した。2011年8月JAXA退職。内閣府宇宙政策委員会委員、日本宇宙少年団(YAC)アドバイザー、松戸市民会館名誉館長、立命館大学および女子美術大学客員教授、日本ロケット協会理事・「宙女」委員長、一般財団法人BEYOND Tomorrow評議員、一般財団法人ワンアース名誉顧問などを務める。著書に「宇宙飛行士になる勉強法」(中央公論新社)、「夢をつなぐ」(角川書店)、「瑠璃色の星」(世界文化社)など。

「体験」が大切。生き方に大きな影響を与えたアメリカへの留学経験。

松尾
山崎さんは中学時代、スペースシャトルのチャレンジャー号爆発事故のニュースをご覧になられて、宇宙飛行士を志すようになられたとうかがいました。
山崎
ええ。チャレンジャー号の事故はとても悲劇的な出来事で衝撃を受けましたが、でもそこで、SFやアニメの世界ではなく、現実の世界に本当に「宇宙開発」の仕事があることを実感し、亡くなった方々の遺志をいつか継げたらと、自分の将来の道として宇宙飛行士を意識するようになりました。ただ、どうすれば宇宙飛行士になれるのかもわからず、まずは宇宙開発に携わることが出来るように、大学では航空宇宙工学を専攻しようと……でも後でわかったのですが、宇宙飛行士というのは実は医師とか教師とか研究者とかいろんなバックボーンの方がいて、理系であれば専攻は関係なかったんですね。将来的には、文系の人や芸術家など、もっと幅広い人が宇宙飛行士になれるといいと思います。
松尾
そこからの大学時代は、ご自身の夢に向かって宇宙開発の研究に没頭されていたのでしょうか。
山崎
大学時代はいろいろなことに興味が及んでいましたが、宇宙に関わりたいという気持ちは軸にありました。もともと「ものづくり」が好きだったので、エンジニアリングも面白いと感じていましたし……大学生の時に1カ月間、工場実習で大手重工メーカーの工場に赴いて航空機のジェットエンジンの整備ラインを経験したのですが、その経験はいまでもとても印象に残っています。工場実習中に工場内で会社主催の夏祭りが開催され、社員のご家族の方々も参加されていたのですが、ちょうど夕方の空に飛行機が飛んでいくのが見えたんですね。するとあるエンジニアの方が幼い息子さんに「あれはパパがつくった飛行機だよ」と。息子さんもうれしそうで、自分の仕事を我が子に誇りを持って話せるなんてとても素敵だなと、私もぜひそんな経験がしたいと思いました。
松尾
大学院時代には、海外留学もご経験されていらっしゃいますね。
山崎
海外で一度暮らしてみたいという思いはずっと持っていました。中学の時、アメリカのオハイオに住んでいる子と文通していたことがあって、彼女が現地の写真をたくさん送ってくれて……その風景を見て、自分に知らない世界にとても憧れるようになって、いつかは海外に行ってみたいと。そのうち大学院生になり、社会に出たらもう海外で生活するようなチャンスはなかなかないだろうと思って、大学院2年の時に1年休学してアメリカのメリーランド州立大学に思い切って留学しました。結果として、それは私にとって本当に貴重な経験になりました。向こうでアメリカ人だけではなく、ヨーロッパやアジアなどのさまざまな国々の学生たちと交流して、「国が違えばこんなに考え方が違うのか」と驚いたり、逆に研究や実験に対する思いは同じで共感を覚えたり、様々な人たちと一緒に学ぶのが楽しかった。その時、自分の知らない世界を「体験」することが大切だと強く感じて、この留学経験はその後の私の生き方に強く影響しているように思います。
宇宙飛行士 山崎直子

松尾
大学院修了後、山崎さんは当時の宇宙開発事業団(NASDA現・宇宙航空研究開発機構 (JAXA))に就職されていますが、これは当初から希望されていた進路でいらっしゃったのですか。
山崎
ええ。留学先のメリーランドの隣がワシントンD.C.で、当時そちらにNASDAの駐在事務所があったんです。ワシントンD.Cでは宇宙関連のシンポジウムや学会がたびたび開かれていたのですが、私自身やはり興味がありましたし、距離的に近かったこともあって、よく通っていたんですね。そのうちNASDAの方々とも知り合いになって、いろいろな話をさせていただくうちに、宇宙に関わる憧れがいっそう募ってNASDAを志望しました。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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