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Turning Point 転機をチャンスに変えた瞬間~ビジネスの現場から~

自分のポテンシャルは自分が一番信じてあげないといけない ライフイベントと共に描くキャリア 自分のポテンシャルは自分が一番信じてあげないといけない ライフイベントと共に描くキャリア : 株式会社 ビザスク(旧:walkntalk) 代表取締役社長 端羽 英子氏
端羽英子さんは投資銀行、外資系消費財メーカー、投資ファンド勤務を経て、成長を志す個人や企業とビジネス経験豊富な人材の知識をマッチングするサービス「visasQ(ビザスク)」を展開する株式会社ビザスク(旧:walkntalk)を立ち上げた起業家である。さまざまなキャリアを経ての起業という選択。そこに至るまでにどのような背景があったのか端羽さんのターニングポイントに迫った。
株式会社 ビザスク(旧:walkntalk) 代表取締役社長 端羽 英子氏

株式会社 ビザスク(旧:walkntalk)
代表取締役社長 端羽 英子氏

東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券投資銀行部門にて企業ファイナンス、日本ロレアルにて化粧品ブランドのヘレナルビンスタインの予算立案・管理を経験し、MIT(マサチューセッツ工科大学)にてMBA(経営学修士)を取得。 投資ファンドのユニゾン・キャピタルにて、企業投資を5年間行った後、ビザスクを運営する株式会社 ビザスク(旧:walkntalk)を設立。 USCPA(米国公認会計士)合格。

「一度は一国一城の主になってみたい」

松尾
端羽さんのキャリアのスタートについて教えてください。
端羽
2001年に新卒でゴールドマン・サックスの投資銀行部門に入社したのがスタートです。噂にたがわぬとても忙しい仕事でしたね。入社後いきなりスターバックスコーヒー・ジャパンのIPO案件に入りまして、夜の12時に帰宅したら「早いね」と言われてしまうような生活でした。仕事は面白かったのですが、当時私は学生結婚をしていて、入社1年弱で子供ができたことをきっかけに「すみません、子育てがしたいです!」と言って退職をしました。でも、働く気はちゃんとありまして(笑)、退職後すぐに米国公認会計士の資格を取り、子供が生後9か月のときに日本ロレアルに入社しました。ロレアルでは「ヘレナ・ルビンスタイン」ブランドの予算作りや管理業務を担当させていただき、とても充実していたのですが、そこで1年半働いたころ今度は夫のボストン留学が決まり帯同すべく退職しました。アメリカでは丁度私もMITスローンスクールに受かりまして、ママさんMBAとして2年間勉強しました。ただ、卒業するころには離婚もしていたのですが(笑)。
松尾
非常に濃密な20代ですね。
端羽
アメリカでは、ゆくゆくは起業をしようと思いビジネススクールに通ったのですが、帰国時にはまだ子供も5歳ということもありまして、起業どころではなかったため、まずは経験を活かしながら、かつ経営層に近い立場に身を置き仕事をしようとユニゾン・キャピタルという投資ファンドに入り5年間働きました。そして2012年に起業したというのがこれまでの流れです。
松尾
順を追っておうかがいします。なぜ新卒では外資系投資銀行を志望されたのですか。
端羽
父が地元の地方銀行に勤めていて「お金を貸す銀行が産業をつくっているんだ」という話をよくしてくれていたので、金融は面白い、という思いがありました。都銀ではなく投資銀行だったのは新しい金融の分野にチャレンジしたかったからですね。それに、日本の企業は入社後どの部門に配属されるかわかりませんが、ゴールドマン・サックスは「貴方はこの分野のプロになりなさい」という感じで専門分野を決めて就職できるのがいいなと。自分も「この分野のマーケットを創っていきたい」という思いで入社を決めました。
松尾
ただ、ご出産もあって1年しないうちに退職されたと。
端羽
辞めるときはつわりもひどかったですし、やはり夜の12時まで働いて「早いね」と言われる環境で子育てをしていたら「私だけ早く帰ってごめんなさい」とチームの皆に遠慮しながら働かなければいけません。それより皆8時には帰宅する職場で、過剰な配慮などしてもらう必要なく働けるところがよいと考えました。
松尾
その後、アメリカに留学し、帰国して投資ファンドに入られるわけですが、もともとは起業したいという気持ちがあったのですね。
端羽
MBAに提出するエッセーにも「起業したい」と書いたのですが、ビジネススクールに行って痛感したのは「世の中には凄い人が本当にたくさんいる」ということでした。当時のボストンはバイオベンチャーブームで、技術も経営もわかる人たちがどんどん起業プランを練っているような状態で、私の「起業したい」という想いはまだまだ甘い、準備不足だとも感じました。
松尾
そもそも起業したいという気持ちはどこから生まれたのですか。
端羽
社会人1年目で子供をつくり会社を辞めたことでサラリーマン社会の上に登っていく自分の姿がイメージしにくくなりました。既存の会社組織の枠組みの中で、自分がトップになることはないだろうなと。かつ働いている人なら皆、一度は一国一城の主になってみたいものじゃないですか。ですので、トップになるためには絶対に起業は自分の人生のなかで一回はするだろうなと、これはごく自然に思っていましたね。

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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