矢崎総業株式会社
根本的な経営変革に挑む、 グローバルな自動車部品メーカーのDXとは
矢崎総業株式会社 執行役員 AI・デジタル室室長 兼 情報システム統轄室室長 丹下 博 氏
DXレポート
2024 Nov 13
創業80年以上の歴史を誇る、グローバルな自動車部品メーカーである矢崎総業。グループとしての売上高は2兆円を超え、いまや自動車業界に不可欠な存在となっています。そんな矢崎グループのDX推進を一手に担うAI・デジタル室の室長 丹下博氏に、同社がDXに取り組む意義や活動内容、そしてAI・デジタル室でキャリアを積む醍醐味などをお伺いしました。
Profile
矢崎総業株式会社
執行役員 AI・デジタル室室長 兼 情報システム統轄室室長
丹下 博 氏
1964年生まれ、福岡県出身。2006年日本オラクル 執行役員 戦略担当 兼 西日本支社長。
データ統合基盤の会社を起業後、2016年より矢崎グループでAIデジタルプロジェクトを開始し、2022年より現職。
- Contents
- 自動車業界の変化に応じた経営へシフトするため、トップ直轄のDX組織を設立
- グループの利益改善に貢献し、改革の土台を作るDXコンサルティングを展開
- ものづくりの現場にDX戦略の重要性を説き、社内のマインドを変えていく
- 売上高2兆円超のプライベートカンパニーだからこそ、得られる醍醐味がある
- 勉強会を終えて/クライス&カンパニー櫻内(コンサルタント)
1. 自動車業界の変化に応じた経営へシフトするため、トップ直轄のDX組織を設立
――企業によってDXの持つ意味は異なりますが、御社はDXによって何を果たそうとされているのでしょうか。
丹下 まず我々がいまDXに注力している背景をお話ししたいと思います。矢崎グループは市場で高いシェアを誇る自動車部品を数々抱え、顧客である日系のカーメーカーの海外進出と軌を一にして自らもグローバルに事業を拡大し、大きく発展を遂げてきました。
しかし、近年、電動車へのシフトや新興国のメーカーの台頭など、日本の自動車業界を取り巻く環境は急激に変化しています。従来の事業モデルのままではもはや成長を望めず、これは国内の自動車関連企業の多くが共通して抱えている課題ではないでしょうか。当社も例に漏れず、新しい考え方を取り入れた柔軟な経営が求められています。
一方、矢崎グループは、いわゆる経営学でいうところのオペレーショナル・エクセレンスに優れた企業ですが、特に近年は、新規のビジネスモデルを企画開発したり、あるいは前例のない発想で業務を革新することが比較的少ないんですね。そうした新しいチャレンジをデジタルで促し、矢崎グループの経営そのものを変革していこうというのが、我々が推進するDXです。
――その重大なミッションを担っているのが、丹下さんが率いるAI・デジタル室というわけですね。
丹下 ええ。AI・デジタル室は、矢崎グループ内に分散していたAIやデジタルに関するリソースを集約すべく発足した組織です。ただ、長らく自動車部品の製造業を営んできた矢崎グループには、新たな発想でDXを担える人材が少ないのが実情。やはり従来の自動車産業の考え方が社内に染みついており、そこからなかなか抜け出せない。
そこでAI・デジタル室では、変革をリードできる人材をドラスティックに外部から採用する方向へ舵を切り、現在、私も含めてメンバーの9割以上がキャリア入社者です。矢崎グループのなかでは非常にユニークな組織となっており、優秀な人材に応えるために人事体系も独自の制度が適用されています。こうした大胆な組織運用ができるのは、AI・デジタル室がトップ直轄だからです。この組織を管掌するのは、代表取締役副社長の矢﨑航。その名が示す通り、創業家の人間です。
矢崎グループは連結売上高2兆円をゆうに超える企業ですが、非上場のプライベートカンパニーであり、矢﨑航とその兄で代表取締役社長を務める矢﨑陸が経営を担っています。オーナーであるため大胆な意思決定が可能であり、自動車産業の進化に合わせて矢崎グループを変革していくためには強力なDX組織が必要だという危機感のもと、AI・デジタル室は立ち上がりました。したがって、トップダウンでグループ全体に多大な影響力を持つ組織であり、それは我々のチームならではの特徴です。
2. グループの利益改善に貢献し、改革の土台を作るDXコンサルティングを展開
――それでは、AI・デジタル室ではどのような取り組みを行っているのか、ご紹介いただけますか。
丹下 AI・デジタル室では「攻め」と「守り」の両面からさまざまな活動を推進しています。「攻め」に関しては、矢崎グループが提供するデバイスに紐づいた豊富なデータとAIによる新規事業の立ち上げに挑んでいます。
そして「守り」については、グループ内の工場でのAI活用によるスマートファクトリー化や、グループ全体の利益改善を図るDXコンサルティングを展開しています。なかでも、矢崎グループの経営を根本からデジタルで変革していくことがまず重要だと考えており、その環境を整えていくDXコンサルティングにいま特に力を入れて取り組んでいます。
――AI・デジタル室が手がけるDXコンサルティングについて、もう少し具体的にお聞かせください。
丹下 DXで経営に貢献することを目的に、4つの活動方針を掲げています。まずは矢崎グループの利益改善を目指して、単独で効果が見込めそうな、営業DXやSCM改革などの費用対効果の高いプロジェクトを優先的に取り組むことが一つ目。
そして、単独ではそれほどインパクトのある財務成果を生めなくても、これを成功事例としてグループ内に横展開することで、トータルで利益改善を図る取り組みが二つ目です。外部から来た人間からすると、この利益改善の余地が大いに残されているように映るんですね。
矢崎グループは、良くも悪くも社会貢献を是として事業を営んでおり、そもそも利益追求への意識が薄い。非上場企業であるため短期的な収益向上に追われることなく、中長期で社会貢献を常に念頭に置いて経営にあたっています。これは矢崎グループの良さでもあるのですが、利益改善という点では大いに伸びしろがあり、我々の力の見せどころです。
――「矢崎グループの利益改善に貢献する」ことがまず重要なテーマとのお話ですが、そのほか、どのような方針を設けていらっしゃるのでしょうか。
丹下 三つ目の取り組みとしては、脱レガシーへの貢献です。私はAI・デジタル室とともに情報システム統轄室の室長も兼務しており、AI・デジタル室と情シス部門の共同プロジェクトを数々推進しています。これは当社だけではなく他のメーカーも同様だと思うのですが、製造業はシステムのリプレースが結構遅れており、いまだに古いシステムを騙し騙し使用しているケースが結構あって、その脱レガシーを進めていくことが我々の大きな課題となっています。これは利益改善に貢献するというより、企業を持続させるために必要なインフラをきちんと整える取り組みです。
最後4つ目は、さまざまな改革を進めるための土台や仕組みを作っていくこと。たとえば生成AIの活用であるとか、あるいはグループ全体のDX教育なども大きなテーマです。
――グループ内で実に多数のプロジェクトが同時並行で進められているのですね。
丹下 そうです。利益改善に貢献するプロジェクトは、AI・デジタル室のメンバーがトップと直に議論し、戦略の策定から業務改革の構想、そしてシステムの企画導入まで、上流から下流まで一貫して手がけていくことになります。
また、対象となる部門も多岐にわたっています。自動車部品の事業部のみならず、グループ内の多様な事業部に関わり、それぞれ営業部門、サプライチェーン部門、生産部門、さらにコーポレート部門など、さまざまな機能を支援していく。まさにあらゆる種類の経営変革プロジェクトが、ここで繰り広げられている感じですね。
3. ものづくりの現場にDX戦略の重要性を説き、社内のマインドを変えていく
――グループ内でDXコンサルティングを進めていく上で、AI・デジタル室の方々はどのような難しさを感じられているのでしょうか。
丹下 率直なところをお話しすると、DXの上流工程の必要性を理解していない現場の社員がまだまだ多いんですね。これは矢崎グループに限らず、他の製造業でも見られる傾向だと思いますが、やはり現場での「ものづくり」が重んじられる世界であり、成果を実感しにくい上流の戦略策定などは軽視されがちです。
でもこれは仕方のないことで、矢崎グループはこれまでオペレーショナル・エクセレンスを究めて成長してきたので、こうした戦略フェーズが必要なかったんですね。足元でトヨタ式の改善活動を推進するなど下流でのボトムアップの業務改善は非常に強いのですが、上流の部分は正直弱い。逆に言えば、上流の重要性をみな理解して社内から力を得られれば、劇的に利益改善する可能性が秘められている。現場の意識を変えていくことはなかなか難しいのですが、それを果たせれば本当に大きな成果を得ることができると思っています。
――社内のマインドを変えることが、まず乗り越えなければならないハードルなのですね。
丹下 ええ。DXを推進することで、いままでの業務の進め方を変えなければならないケースも多々あり、現場の社員からすれば「本当にこれで成果が上がるのだろうか?」という怖さもある。しかし、足並みを揃えて新たな一歩を生み出さなければ、期待した成果は上がらず、現状では彼らのマインドをシフトさせることに難しさを覚えています。
また、AI・デジタル室は、コンサルティングファームやITベンダーから転職してきたメンバーが多く、必ずしも自動車業界のリアルな業務フローに精通しているわけではありません。DXプロジェクトを進めていく上では、どうしても現場の社員が持つ知見を活用する必要があるものの、みな担当業務に追われているため、ともすればこちらに丸投げされがちです。本来であれば、最も業務を熟知している現場の社員が上流工程の構想に関わるべきであり、我々はそれを専門的なAIやデジタルの知識を駆使して実行していく立場なのですが、そうしたマインドもまだまだ浸透していない。
そこで、今期より「DX推進者制度」を設け、各事業部においてAIやデジタルに理解のある人材を選出してDX推進者として任命し、いわばAI・デジタル室のメンバーの分身を配置しようとしています。こうして事業部サイドで自ら改革を企画推進できる人材を増やしていくことで、グループ全体でDXに対する気運を高められればと考えています。
4. 売上高2兆円超のプライベートカンパニーだからこそ、得られる醍醐味がある
――AI・デジタル室に参画し、矢崎グループでDXを担う醍醐味ややりがいについて、丹下さんのお考えを聞かせていただけますか。
丹下 やはり最大の醍醐味は、トップダウンのDXプロジェクトをこの規模で担えるということだと思います。先ほどもお話ししました通り、AI・デジタル室はトップ直轄の組織であり、社長・副社長をはじめとする経営陣と定期的に議論を重ね、改革の方向性を定め、いまや売上高が2兆2000億円を超える矢崎グループをダイナミックに変えていくことができる。かつ、プライベートカンパニーであるため、外部の投資家の声などに左右されることなく、自らがやるべきだと判断したことをそのまま実行できる。
しかも、単に戦略を立てるだけではなく、それを形にするところまで、さまざまな関係者を巻き込みながらリードできるのも面白い。その結果としてもたらされるインパクトは非常に大きく、これは他ではなかなか得られない醍醐味だと思いますね。
――矢崎グループはグローバルに事業を展開されていますが、AI・デジタル室のメンバーも世界で活躍できる機会があるのでしょうか。
丹下 その通りです。矢崎グループの事業はもはや海外での比率のほうが大きく、グローバルでの事業を変革していくことは、これからの我々にとって必須のテーマです。日本で確立したDXをグローバルに展開していくミッションも負っており、すでに海外を飛び回っているメンバーもいます。
また、AI・デジタル室はまさにコンサルティングファームのような体制となっており、メンバー各自が希望するプロジェクトにできる限りアサインしています。DXコンサルティングに携わりながら、そこで得た知見をもとに新規事業立ち上げを支援したいという意向があれば、そちらの案件に参画することも可能。また、AIエンジニアの方であれば、DXによる業務革新の傍ら、スマートファクトリーの構築にチャレンジできる機会もある。
まだまだ改革すべき余地が多分に残されており、オポチュニティに対して人材がまったく足りていないのが現状です。どんな専門性をお持ちの方々も、それを生かして活躍できる場があるので、ぜひ矢崎グループのDXに興味があればチャレンジしていただきたいですね。
――コンサルタント経験者の方々にとっての魅力はいかがでしょうか。
丹下 事業会社への転職をお考えになられているコンサルタント出身者の方がネックになるのは、やはり給与水準だと思うんですね。我々としては、製造業の人事制度では優秀な人材の採用は難しいと理解しており、矢崎グループ本体とはまったく異なる報酬体系を導入しています。
おそらく、コンサルティングファームからこちらに転職しても、報酬面でそれほど大きなギャップはないと思いますね。こうした特別な人事制度が認められたのも、創業家一族のトップの強い意志の表れであり、グローバル企業の経営陣からの信頼を得て存分に力を振るうことのできる、とてもやりがいのある環境だと思います。
5. 勉強会を終えて/クライス&カンパニー櫻内(コンサルタント)
同社のDXコンサルティングの醍醐味は、グループ2兆強の売上を誇るプライベートカンパニーで創業家と共にトップダウンで推進していける点にある。 トップマネジメントらと密に議論しながらend to endでプロジェクトを動かし、ダイナミックに会社や組織を変えていける実感を持てることは、コンサルタントにとって何にも代えがたいやりがいだと感じた。 サプライチェーンやグローバル等とまだまだ白地が沢山ある分、デジタルプロフェッショナルが自らの得意分野を持ち込んで価値発揮できる点も魅力的である。