ITのプロ集団として、世界トップクラスを志す。
中外製薬DX統括に聞く、キャリア変遷と全社一丸のDX

中外製薬株式会社 上席執行役員
デジタルトランスフォーメーションユニット長
志済聡子 氏

DXインタビュー

2023 Feb 15

ITのプロ集団として、世界トップクラスを志す。中外製薬DX統括に聞く、キャリア変遷と全社一丸のDX メインビジュアル

「デジタルプロフェッショナルのキャリア」「DXに関する取組み」について、クライス&カンパニーのデジプロチームが第一線で活躍されている方々にインタビュー。今回は、「DX銘柄」に2020年より3年連続で選出、2022年には「DXグランプリ2022」に初選定されている中外製薬のDXをリードしてこられた志済聡子氏にお話を伺いました。

Profile

1986年に北海道大学を卒業後、日本IBMに入社。官公庁システム事業部第二営業部長、ソフトウェア事業 公共ソフトウェア営業担当(部長職)や理事 インダストリーソフトウェア事業部長などを歴任後、2009年から同社執行役員として公共やセキュリティ事業を担当。2019年5月に中外製薬にキャリアチェンジし、執行役員 IT統轄部門長に就任。2019年10月に執行役員 デジタル・IT統轄部門長、2022年1月に執行役員 デジタルトランスフォーメーションユニット長を経て、2022年4月より現職。

Contents
苦しく過酷な30代も逃げることなく、常に未知の領域への挑戦を楽しみながら歩んできた。
創薬のAI・デジタル活用に向けて。明確なビジョン×経営トップのコミットが成功の鍵。
IT・デジタル領域でプロとしての武器を持てるよう、自分の尖ったスキルを磨いて欲しい。
苦しく過酷な30代も逃げることなく、常に未知の領域への挑戦を楽しみながら歩んできた。 画像

苦しく過酷な30代も逃げることなく、常に未知の領域への挑戦を楽しみながら歩んできた。

―まず初めに、これまでのご経歴についてお聞かせいただけますでしょうか。

私は大学卒業後、33年間日本IBMに勤めていました。入社当初は地元の北海道に営業として配属され、20代で結婚と出産を経た後、東京に来て某行政官庁への提案を担当することになり、最終的にはこの案件を落札してマルチベンダーの一角に入ることができました。

40代で管理職となり、初めは行政官庁の営業部長を務めていましたが、グローバルの方針で会社の組織編成が行われ、ソフトウェアグループの営業部長に異動となりました。その後は、米国本社への駐在を経て官公庁関連の執行役員としてライフサイエンス・自治体・文教・医療などの領域を幅広く担当した後にセキュリティ事業部に移って2年間経験を積み、再び公共に戻ったのですが、そろそろ新たなチャレンジの機会をと思い始めていたところに中外製薬のお話をいただきまして。ちょうど小坂達朗社長(※2019年当時。現・特別顧問)が大学の大先輩であり同窓会で過去に何度かお会いしていたご縁もあったので、入社を決意しました。

中外製薬へ執行役員として入社して、2019年10月にデジタル専門組織を発足した後はデジタル・IT統括部門長を2年間務めてきました。昨年まで私たちデジタル専門組織はコーポレート組織の中にいましたが、今年からデジタルトランスフォーメーションユニットという独立した組織として11ある本部・ユニットを横串で見る形となりました。これまでは本部から依頼を受けてサポートに行くことが多かったのですが、今年からは各本部の重点施策に含まれるデジタル文脈の目標に向けて当ユニットと11の本部・ユニットが一体となって取り組んでいくことが明確に位置付けられ、デジタル推進部長と各本部・ユニットのDXリーダーが戦略を立案し、本部長・ユニット長と私が合意するという流れができたのは非常に大きいと感じています。

私のキャリアを振り返ると、30代の頃は子育てとも重なって非常に苦しく過酷な時期でしたが、逃げずに踏ん張ったおかげで今があると感じます。また、未知の新しい領域にアサインされることが多く、もちろん初めは違和感も大きいのですが、やっていくうちにその領域の面白さを感じられるようになり、新しいことをやることで変わっていく自分や知らなかったことを知っていく自分を楽しみながら、キャリアを積んできたように思います。

―過去のご経験の中で、現在のお仕事に活きたと感じられていることはありますか?

1つは、IBMの営業時代に鍛えられた、お客様の戦略やビジョン策定とそれに基づくアカウントプランの作成能力が、現職に活きていると感じます。

IBMのラージアカウント営業には、お客様の戦略・ビジョンからお客様のニーズ、IBMのバリュー、スコープ、数字に至るまで、ロジカルにしっかり描くことが求められます。その経験があったので、中外製薬でデジタル推進に取り組む際にもビジョン・戦略ストーリーを描きやすかったのだと思います。

もう1つは、長年ベンダーの立場を経験してきているので、自分がユーザー企業の立場になった時も、私がベンダーとしてお客様に期待していた「チャレンジして意思決定して欲しい」「正しく評価して欲しい」ということを実行したいと思っています。私たちユーザー企業は、ITがわからずベンダーの言いなりになってしまいがちですが、私は良い点も悪い点も率直にパートナーに伝えるようにしており、ベンダー経験は非常に現職で役立っていると思います。

―CIO・CDOを目指しているデジタル・IT人材の方へ「マネージャーとCIO・CDOの違い」をお伝えしたいのですが、志済さんのお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

マネージャーは常に部下1人1人と伴走して日々相手の顔を見ながら共に泣き笑いができますが、役員や本部長クラスになると、直属の部長までは顔が見えるもののマネージャーやメンバーに直接指示を与えることはできなくなるため、マネージャーよりも視座を上げることが求められます。

自分の描くビジョンをしっかりメンバーに共感・浸透させるように表現して伝えていくというビジョンシェアリングがCXOの仕事かと思います。その点、外資系企業のトップにはビジョンシェアリングが非常に長けている方が多いと感じます。

IBMでセキュリティ事業やソフトウェア事業を担当していた時に、当時のボスはビデオメッセージで海外から私たちに話しかけているのですが、画面越しでも本当にビジョンやパッションが伝わってきてつい引き込まれるものがありました。やはり社員の皆を熱狂に引き込んでいけるのは、トップの魅力によるところが大きいと思います。

創薬のAI・デジタル活用に向けて。明確なビジョン×経営トップのコミットが成功の鍵。 画像

創薬のAI・デジタル活用に向けて。明確なビジョン×経営トップのコミットが成功の鍵。

―これまで貴社で推進されてきたDXの取組み内容について、お聞かせいただけますか?

当社では、デジタル戦略【CHUGAI DIGITAL VISION 2030】に「デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになる」とのビジョンを掲げ、その実現に向けて以下の3つの基本戦略を策定しています。

1.デジタル基盤の強化
2.すべてのバリューチェーン効率化
3.デジタルを活用した革新的な新薬創出

我々が一番実現したいことは「創薬のAI・デジタル活用」ですので、創薬に関わるAI活用やウェアラブルデバイスを使った患者さんのモニタリング、ビッグデータの解析などが1つの大きなポイントです。

その実現に向けた体制作りとして、「デジタル戦略委員会で全本部・ユニット長・DXリーダーが集まって上層部の様々なコンセンサスを得ること」「デジタル戦略委員会で合意を得た内容を各部門に持ち帰った際の具体的な取り組み」をクロスで進めていくような組織づくりや、そのための各種施策を推進してきました。フェーズ1のデジタル基盤の強化に関しては、下記の3点を軸に、オペレーションが回るような仕組み化を進めてきています。

・Digital Innovation Lab:
すべての社員に開かれたアイデア創出・インキュベーションの仕組み
・人財育成基盤 CHUGAI DIGITAL ACADEMY:
データサイエンティストなど社内デジタル人財を体系的に育成する仕組み
・Chugai Scientific Infrastructure:
大容量のデータをセキュアにアクセス、移動、保管するためのIT基盤をAWSにて構築

我々は主軸の創薬力を伸ばしていかなければ生きる道はないという大きな危機感があり、各バリューチェーンの工場や営業などの事業効率をもっと上げてR&Dの投資を最大化するためにデジタル化を推進するというビジョンが明確です。DXが独り歩きしてしまい、何がやりたいのか見えなくなっているジレンマに陥っている会社もある中で、当社は実現したいことが明確だったというのが私としては本当にやりやすかったです。

―2030年のビジョンに向けた3つの基本戦略が他社と比べても非常に明確であると感じました。ご入社後に、何かビジョンと実態の狭間でギャップを感じられたことはありましたか?

ギャップはほぼ無かったですね。デジタル専門組織の立ち上げ以前から社内にはAI勉強会やデータ利活用チームも散在しており、皆で持ち寄ってみると非常に膨大なテーマがありました。バリューチェーンに関しても、工場の生産性の更なる効率化に本部長も頭を抱えていて、デジタル化の推進には工場側から手を挙げていただいたので、当初予算には無かったものの、経営会議を通してデジタル案件第1号としてスタートしました。

それを見た他のバリューチェーンの部署の人達も、徐々に「うちは何をやろうか」という流れになりまして。今までも社内各所で少しずつ進めてはいたものの大きな文脈で実行できていなかったものが、全社を挙げたデジタル推進としてまとまり始めたのが大きかったと思います。

―DX銘柄も受賞されましたね。貴社でDX推進が成功している要因は何でしょうか。

やはり最大の要因は、トップのコミットメントです。当社の小坂もよく「社長の覚悟は人事で分かる」と言っていますが、デジタル部門に優秀なデジタル人財が集まっていると社員は「うちも本気だな」と感じるけれども、一線級の人財でなければ「そんなものか」と思いますよね。優秀人財のアサインメントや最年少部長の就任等、話題性は重要です。

次に、予算の確保が挙げられます。デジタル専門組織は期初にスタートしたわけではないため、当然当初は予算もない中で、外部のコンサルティングにかかる費用等もCFOが重要性を理解してくださって、予算をいただけたことが非常に大きな支えとなりました。

また、我々のDXは常にビジネスと共に進むという特色があります。DXユニットはファシリテーターとしての位置付けであり、人財育成の研修もすべて本部の人達に受講してもらっています。部門の巻き込みが難航してなかなかDXが進まない会社が多いと思いますが、中外製薬の社員は参加意欲や学習意欲が高く、何かイベントをやると多数の人が集まってきます。1回決まったら皆それに乗ってくる文化が醸成されているのはありがたいですね。

デジタルプロフェッショナル支援チームの転職支援とは?
IT・デジタル領域でプロとしての武器を持てるよう、自分の尖ったスキルを磨いて欲しい。 画像

IT・デジタル領域でプロとしての武器を持てるよう、自分の尖ったスキルを磨いて欲しい。

―今後、貴社がDXの文脈で目指していく姿というのはどのようなものでしょうか。

これまでデジタル基盤の強化を実現してきて、次のフェーズではビジネスを変えるということに取り組んでいきます。各部門の成長戦略とデジタルのKPIが紐づいており、そのKPIの達成が成長戦略「TOP I 2030」の成功や部門の成功に貢献することに繋がるという観点から、ビジネスを変えることが重要だと考えています。

また、我々の部門にも私が知らないような様々な先端テクノロジーに精通したプロフェッショナルのメンバーが増えてきており、彼らは「中外製薬を変えるためにこういうことをやりたい」という野望を持っているので、世界でトップクラスになることにこだわっていきたいと思います。

デジタル人財の方々は外資系のITコンサルティング企業やITベンダー企業に目が行きがちで、事業会社は何をやっているのか分かりづらく、「製薬・ヘルスケア産業って面白いの?」と思われるかもしれませんが、中外製薬だけではなく、ヘルスケア業界全体に貢献するリーダーになっていこうという思いがあります。

――IT・デジタル領域の方が貴社でキャリアを積む魅力についてお聞かせください。

まず1点目は、ITやデジタルにコミットしている企業であるということです。会社の業績が厳しくなるとIT予算を削る企業もある中で、デジタル・ITをコストと考えるのか、投資と考えるのかという違いがメンバーのモチベーションに関わってきます。

前職のプロジェクトが大幅に縮小されたという理由で当社に入社したメンバーもいますが、彼らに「中外製薬ではやりたいことができるのが魅力です」と言ってもらえるよう、会社への貢献につながることであればぜひ奨励していきたいと思います。

2点目は、仲間がいることが非常に重要です。当ユニットに所属しているデータサイエンティストの数は多くはありませんが、全員が一致団結して様々な部門のデータサイエンティストと会話をしながら自分たちの領域を広げていき、お互いに切磋琢磨できるチームを組んで一緒に頑張れる環境があります。

私としては、キャリア入社をしてくれたメンバーから「実際に中外製薬に入ってみたら全然良くなかった」と言われないようにしなければというプレッシャーも感じます(笑)。ぜひ「中外製薬にいた数年でこれだけ成長できたな」と思えるものを体得して欲しいですね。

―最後に、IT・デジタル領域でキャリアを積んでいきたい方へのメッセージもぜひお願いします。

プロとしてのスキルにこだわって会社を選んで欲しいと思います。当社のメンバーにも、クラウドやセキュリティ、ネットワーク等のプロフェッショナルとしての経験を持つ人が多くいます。特にIT・デジタル領域の場合は、自ら経験やスキルを吸収しに行くことで体得できる部分が多いですよね。

昔は転職がネガティブに見られることもありましたが、今は転職を重ねても「ここでこういう経験や成長ができた」と言える履歴であれば、むしろキャリアとしてプラスになる時代です。会社は何かを教えてくれる場所ではなく、「あなたはプロでしょ」と言われて、自分で勉強し何ができるかが期待されているものです。厳しいようですが、一度自分でスキルを身に着けられればプロとしてどこでも仕事ができるようになるので、ぜひ自分ならではの尖ったスキルを磨いて欲しいと思います。

構成:神田 昭子
撮影:波多野 匠

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

この記事を書いたのは・・・

ハイクラスの転職支援を行う人材紹介会社クライス&カンパニーのデジタルプロフェッショナル(通称:デジプロ)支援チームです。私たちは、デジタルテクノロジーの力でDXをリードする方々のネクストキャリアを本気でご支援しています。本サイトでは、DX領域の第一線で活躍する著名な方や各企業のCIO・CDOに直接お会いしてお話を伺い、自らコンテンツを編集して最先端の生の情報をお届けしています。ぜひご自身のキャリアを考える上で活用ください。直近のご転職に限らず、中長期でのキャリアのご相談もお待ちしています。 転職・キャリア相談はこちら

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