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INTERVIEW 010

2022 Jul 22

FABRIC TOKYOのプロダクトマネージャーに決定

未知に触れ続けて、自分を常に更新できる。 それがプロダクトマネージャーの醍醐味。

PROFILE

株式会社FABRIC TOKYO クリエイティブ・コンテンツチーム シニアマネージャー

土山純史氏

新卒入社した広告会社で、デジタル広告のプロデューサーとしてWebサイトやアプリ、ゲーム、デジタルサイネージなどの企画制作を行う。2012年にグローバルエンターテインメント企業に入社。ブランドスマートフォンやアプリ、サービスの企画・開発を経た後、商品・リテール事業の戦略策定や新規ビジネス開発、アライアンス、ブランド立ち上げ等を推進。2021年1月より、株式会社FABRIC TOKYOにプロダクトマネージャーとして参画。現在はクリエイティブ・コンテンツチームのシニアマネージャーとしてマネジメントに従事。

POINT
事業の戦略立案から実行まで、手触り感のある仕事がしたかった。
“ウォーターフォール”から“アジャイル”へ。自分が望むキャリアがPdMだった。
事業開発を経験したからこそ、PdMとして発揮できるバリューがある。
PdMに特定の専門性はない。常に学び続けて“ミニCEO”を体現したい。

事業の戦略立案から実行まで、手触り感のある仕事がしたかった。

今回、転職された経緯についてお聞かせください。

FABRIC TOKYOに入社する以前は、大手外資系エンターテイメント企業に9年ほど勤務していました。前半の5年間は、その企業が展開するWebサイトやモバイル端末、モバイルアプリの制作プロデューサーとして、企画からプロジェクトマネジメントまでを担当しました。その後、社内で異動になり、後半4年間は事業開発に従事。お客様へのアウトプットを企画制作するポジションから、経営に近い立場でビジネスを創って動かすポジションへと大きく変化しました。

最上流からビジネスをリードすることに悪戦苦闘したものの、ある事業のリニューアルを託されて何とか成し遂げ、それが私にとって節目となりました。事業の戦略立案からプロダクトを作って実行するところまで、自らの手でリードしていくのがとても面白くて、こうした手触り感のある仕事をもっと手がけたいと強く思うようになったのです。

そんな経験ができる機会は、これから成長するベンチャーのほうが多いと考え、自分が直に事業に触れて貢献できる場を求めて転職を決断しました。

弊社コンサルタントの武田が、土山さんの転職活動をお手伝いさせていただきました。武田の印象はいかがでしたか。

実は武田さんとは、以前に勤めていた大手エンターテイメント企業に転職する10年以上前からのおつきあいです。前回の転職活動時、知人の紹介でクライス&カンパニーを知り、武田さんに初めてお会いしたんですね。

こちらの要望に対して迅速に対応していただきましたが、その時はご縁がなく、違うエージェントからの紹介でそのエンターテイメント企業に入社しました。

今回の転職活動で、なぜまた武田に声をかけられたのでしょうか。

前職のエンターテイメント企業に入社した後も、おつきあいのあったエージェントの方々と定期的にキャリアチェックのような形でお話をさせていただいたんですね。武田さんは、前回の転職活動でやりとりした時の感触がとても良くて、2年に1回ぐらいお会いして中長期的なキャリアに対する意見をいただいていました。

そして、再び転職を考えた時、自分の経歴や考え方を理解してくださっている人のほうが信頼でき、適切な答えが返ってくる確率が高いと判断してお声がけしました。

転職先にFABRIC TOKYOを選ばれたのはどうしてですか。

私としては、先ほどお話ししたように、事業の戦略立案からプロダクトを作るところまで手触り感をもって成し遂げたいという思いがあり、企業の知名度や規模にこだわりはありませんでした。

前回の転職活動でエンターテイメント企業を紹介いただいたエージェントを利用しましたが、そこは大手への転職を強みにしていて、大企業での経営企画などのポジションが中心で今回の意向に沿う求人に出会えませんでした。

一方で、武田さんはバイアスをかけることなく私とフランクに接してくださり、こちらからも「この企業でポジションはありませんか?」とインタラクティブに今後のキャリアを考えることができた。

そんななかで、私のほうから希望を出したのがFABRIC TOKYOです。実は私自身がお客様でサービスを利用していて、事業や商品にとても魅力を感じていたんですね。

すると、クライスさんの社内でFABRIC TOKYOと繋がりがあるコンサルタントがいらっしゃるとのことで、その方と武田さんを介して入社に至りました。

“ウォーターフォール”から“アジャイル”へ。自分が望むキャリアがPdMだった。

FABRIC TOKYOにはプロダクトマネージャー(PdM)として入社されています。当初からPdMを志向されていたのでしょうか。

いえ、当時はPdMについての理解がほとんどありませんでした。転職活動中にFABRIC TOKYOから「事業戦略を理解した上でプロダクト開発をマネジメントできる人が欲しい」という話があり、まさに私のやりたいことだとアプローチしたところ、それが結果としてPdMだったというのが正直なところです。

PdMの経験はありませんでしたが、いままで自分が手がけてきたことを振り返ると接点のない仕事ではないと感じましたし、何かしら価値は発揮できると思ってこちらに参画しました。

現在、土山さんはFABRIC TOKYOでECサイトのプロダクトマネジメントを担われています。前職でWebサイトやアプリのプロデューサーを務められていたとのことですが、いまのPdMの仕事とはどんなところに違いを感じていますか。

プロダクトを作るという点では同じですが、前職は事業の方針に基づき、決められたローンチ日までに100の完成品を目指して作り上げるという形が多かったです。しかし、いまは事業戦略に沿って10からスタートし、PDCAを回して改善を重ねて100もしくは100以上にしていくという仕事で、そこは大きく異なりますね。

あと、PdMは上流の事業戦略もきちんと理解しておかなければ、プロダクトの理想の姿を描くことはできません。私はかつて事業開発に携わった経験もあるので、その点は有利でした。一緒にチームを組むエンジニアやデザイナーと協業する上でも、明確なビジョンを示すことは大切で、それがないと彼らのパフォーマンスは上がらない。掲げる大きな理想に向けて、これぐらいに小分けして作っていこうとみんなで話し合い、全体を巻き込んでスプリントで消化していく。

ですから、PdMがタスクの優先順位を決めて小分けにすることで、あとはチームが自ずと動いてプロダクト開発が回っていくんですね。その感覚は新鮮で刺激的でした。

いまのお話は“ウォーターフォール”から“アジャイル”へシフトされたということだと思いますが、そこで何か苦労されたことはありますか。

マインドの切り替えですね。前職は事業のスケジュールの中で、100点のプロダクトを作ることが求められました。ここでは、事業のスケジュールももちろん重視されますが、それよりも、優先順位をつけたプロダクトの機能開発が求められ、早く出せるのならすぐにリリースし、遅れるのなら優先順位を組み替えて進めていくという、そうしたマインドを定着させるのには少し苦労しました。

ただ、これも新たな学びだと思ってポジティブに捉えていましたね。

事業開発を経験したからこそ、PdMとして発揮できるバリューがある。

土山さんは以前に事業開発も経験されています。前職での事業開発と、いまのPdMの仕事を比べていかがですか。

前職では新しいビジネスの企画開発にも携わりましたが、外資系の大手企業でしたので、海外の本社と調整を重ねながら進行する必要がありました。

企画として様々な示唆も得られ、もちろんプラスの面もありましたが、戦略を立てて実行に移すまでのタイムラインが今と比べると長かったです。

ここでは、毎週社内でセグメント別の業績などの数字が出て、それを見てすぐに自分のチームに施策を落とせる立場にあります。

ある商材が弱くて計画に至っていないとなると、すぐにプロダクトに反映させることが求められる。企画から実行までのタイムラインがきわめて短く、会社の成長と自分のアクションがリアルタイムに連動している感覚があって、それはとてもダイナミックです。

また、組織の階層構造もシンプルで、実際に戦略を作る人間と、現場でお客様に接する人間の距離感が近く、社内にすぐにメッセージが伝播して事業のスピードが速いのもいいですね。

最近では、事業開発からPdMへのキャリアチェンジを考えている方も増えています。土山さんは、過去のどのようなご経験が活きているとお感じですか。

さきほど、前職で事業をひとつリニューアルしたという話をさせていただきましたが、その時に得た経験が大きいですね。

事業オーナーとしての役割を任せていただき、若手のメンバーを4人率いて、ごく少人数で戦略立案から実行までやり遂げました。

プロダクトを形にする上ではかつての制作プロデューサー経験も生きましたし、事業開発に移ってから戦略を立てる力もある程度養われ、まさに私のキャリアを総動員してバリューを発揮することができた。いま思えば、それがまさにプロダクトマネジメントであり、自分の中で「この仕事は面白い」と実感したんですね。

これぐらいの規模で上流から下流まですべてドライブできるポジションなら、私自身もっとバリューを出せるのではないという思いが募り、それが果たせる転職先を探した結果、FABRIC TOKYOに至ったのです。

もう少し詳しくお伺いしたいのですが、事業開発で得られた経験のうち、何がいま土山さんのベースになっているのでしょうか。

ひとつ挙げるなら、定跡がない中で青天井のストレッチに挑んだことでしょうか。さきほどの事業リニューアルに際しては、新たな手を打って事業を5倍10倍にするという意欲的なビジョンを掲げ、社内に何もナレッジがない中で懸命に知恵を絞りました。前例にとらわれず新たな策を編み出しては実行に移すという、そんなチャレンジをいまも引き続き繰り広げています。

スタートアップほどストレッチした目標達成が要求され、年10%程度の成長では許されない。どこかのタイミングで事業を仕掛けて大きくジャンプアップしなければならず、PdMもそこに貢献しなければなりません。

事業を5倍10倍に拡大するためには、CEOが掲げるビジョンに併走して同じマインドを持ってプロダクトに反映させなければならず、特に事業開発出身のPdMはそこに強みを見出すことで、価値が発揮できるのではと思います。

PdMに特定の専門性はない。常に学び続けて“ミニCEO”を体現したい。

土山さんが考えるPdMの仕事の面白さについてお聞かせください。

まだPdMを完璧に理解しているわけではありませんが、現時点で言えば「知らないことを知れる」のがいちばん面白いですね。

私自身、過去の経験から事業戦略に対する理解度は高いと思っていますが、それだけではPdMとして通用しない。ともにチームを組むエンジニアやデザイナーの考えもきちんと理解しなければ、良いプロダクトは作れない。そういった意味では、まだ知らないことだらけなんですね。

PdM以外の職種、たとえばエンジニアやデザイナーは、自らの専門性をしっかり身につけることによっての活躍が求められます。しかし、PdMに求められるのは特定の専門性ではなく、すべてを把握しなければならない。

私が身を置いているのはアパレル業界なので、良いプロダクトを作ろうと思えばアパレルのバリューチェーンすらも理解する必要がある。私は好奇心が旺盛で、これまで経験のないことに興奮を覚えるタイプなので、仕事を進めるなかで知らないことに次々と遭遇するのが、とても面白いですね。

いま土山さんがおっしゃった「面白い」とは、どのような感覚なのでしょうか。

言語化するなら、自分が絶えず更新されていく感覚でしょうか。

毎日知らないことが現れ、自分の内で「なるほど」と実感できる。そこから学びを得ることで、できることの幅が広がり、仕事のクオリティが上がっていく。PdMというのは、それをひたすらやり続けるポジションだと思っています。

逆に言えば、学びを止めればPdMとしての寿命は終わってしまう。私は40歳になりましたが、チームの仕事やエンジニアの考え方を理解したいと最近一からSQLを勉強しています(笑)。

それが会社の事業成長に貢献できると思えれば、何でもいったん自分で経験して判断しようというのが私のスタンス。こうしたアクションが楽しいと思える方は、きっとPdMに向いているのではないでしょうか。

PdMは、常に学ぶことが求められるポジションなのですね。

PdMに限らず、経営に携わるCEOクラスの方々は、大企業であろうとスタートアップであろうと常に学び続けています。組織のなかで上のレイヤーに行けば行くほど、そうした姿勢が顕著になる。

停滞は衰退の始まりであり、たとえばプロダクト開発においても5年後10年後、いま主流のスクラムやスプリントが一新されているかもしれない。従来のやり方に固執せず、常に視野を広く持ち、開発手法だけではなく社会全体がどう変わっていくかを常に学びながら見越していくことが重要。

よくPdMは“ミニCEO”などとキャッチ―な言葉で例えられますが、確かのその通りだと感じていますし、私自身もぜひそうした役割を体現していきたい。こうしたキャリアを望まれる方はPdMを目指すといいと思いますね。

構成:山下和彦
撮影:波多野匠

※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。

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