CXO採用のリアル
CXO採用の今とこれから
シニフィアン株式会社 共同創業者
クライス&カンパニー 顧問
小林 賢治氏
時価総額1兆円規模のスタートアップ創出に向けて
優秀な人材を「越境」させることを促していく。
公開日:2025年11月27日
Profile
小林 賢治
コーポレイトディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社。同社では執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、急成長中だったモバイルゲーム事業を管掌した後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から4年間は同社取締役を務める。2017年7月にシニフィアン株式会社を設立。2019年に上場前段階に差し掛かるレイターステージのスタートアップを主たる支援対象とする総額200億円のグロースファンド「THE FUND」を設立し、エンゲージメントに重きを置いた投資を行う。ラクスル、ツクルバ、gumiの社外取締役を務めるほか、株式報酬イノベーションによってスタートアップの成長を加速させるNstock株式会社のエグゼクティブ・アドバイザーも務める。
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成長産業の主軸が変化しつつあるいま、人材の流動性をより高めていかなければならない。
小林さんはかつてディー・エヌ・エー(DeNA)の経営に携わられ、現在は投資を軸としながら次世代のスタートアップの育成に力を注がれています。日本の成長産業への人材の流動性を高めることに強い問題意識をお持ちで、我々の取り組みと共鳴するところもあって、この2年ほど弊社の顧問を務めていただいて知見を授かっています。小林さんは現状、日本の労働市場においてどのような課題を認識されていますか。
小林:
成長産業への人材の流入が進んでいるかと言えば、まだまだ道半ばだと感じています。政府はいま「スタートアップ育成5カ年計画」を推進していますが、このなかで株式報酬を中心とするインセンティブの見直しも掲げられ、優秀な人材がスタートアップ界隈で活躍できる環境を整えようとしています。そうした動きもあって、あるスタートアップで経営に携わった人材が、また別のスタートアップに幹部として移籍するなど、経営レベルでの人材の流動は以前と比べると盛んになりつつあります。一方で、これまでスタートアップに関わりのなかった優秀層が大挙して成長産業に転身しているかと言えば、当初の期待値には至っていない。おそらくそれは、いま資本市場でスタートアップに逆風が吹いていることも要因のひとつですが、非スタートアップからスタートアップへの人材の流れは、まだまだ十分ではないと感じています。
今後、非スタートアップからスタートアップへの人材の流入を促進していくためには、どのようなことが必要だとお考えですか。
小林:
あまり論理的ではない回答に聞こえるかもしれませんが、とてつもないスタートアップをとにかく一社を生み出すことが重要だと思っています。もう少し定量的に言えば、時価総額1兆円が視野に入る企業。これはスタートアップ全体が目標のひとつに掲げていることですが、残念ながら近年ベンチャーキャピタルの支援を中心に資金調達を受けた企業の中で、上場後に時価総額1兆円を安定的に超えている会社は存在しないのが実情です。社会に大きなインパクトを残している企業というのは、時価総額1兆円規模にまで成長しているケースが多く、たとえば楽天や合併前のLINEなどもそう。そのクラスの企業が出現すれば、より多くの優秀な人材を必要とするはずで、新しい社会インフラの創造に関わってみたいと志す方々がおのずと動くのではないかと思いますね。もうひとつは、成長産業の主軸がこれから変わっていくことが予想されていて、これまでのインターネットビジネス中心の構造から、ディープテックなどを中心としたよりリアルな産業、ネットに閉じない産業へと広がっていく。 そうした変化が起こると、当然、この新たな産業を盛り上げるために必要な知見を持つ人材へのニーズがより高まるはずで、それも優秀な人材を動かす力になると期待しています。
日本が得意とする製造業、たとえばトヨタ自動車やソニーといった日本を代表するような企業で活躍されているエース級の方々、たとえば40代で脂が乗っている部長クラスや執行役員一歩手前の方々が移ってくるようになると、流れは大きく変わりそうですね。
小林:
おっしゃる通りで、大手製造業の幹部候補クラスの方々を、いかにスタートアップに転身させるかは、日本のこれからの成長産業を産み出していく上で重要な課題です。大企業で脂が乗って活躍している世代に行動を起こさせるには、やはり魅力ある報酬機会を提供するとともに、挑戦意欲を掻き立てるような場を提供することも大切。昨今は、企業の社会的意義をより問われるようになっていて、エネルギー問題や国家の安全保障に関わるディフェンステック、生命に関わる不妊治療の問題など、難易度が高く、世の中に大きなインパクトをもたらすテーマに優秀な人材が惹かれるようになってきています。そのことを成長産業に身を置くスタートアップ側も意識する必要があると思います。
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優秀な人材にあわせて事業を変えていく。
そんな大胆な経営がスタートアップには必要。
さきほど小林さんは、時価総額1兆円のスタートアップが早々に出現することを期待しているとおっしゃられましたが、そのために求められることは何だとお考えですか。
小林:
人材の面から言えば、時価総額1兆円の企業になる上で求められる経営幹部の層というのは、やはり半端ないレベルだと思うんですね。1,000億円で十分だという意識で組織を形成していたら、まず1兆円には到達できない。先日、いま急成長を続けていて、業界内では人材の宝庫だと評判の上場スタートアップの経営者の方とお話しする機会があったのですが、その方は「経営者の一番の仕事は人材を獲得することであり、いまでも自分自身が優秀な人材を探しては自ら口説いている」と。そのスタートアップ企業は採用も順調で、かなり強力な組織が出来上がっていたのですが、まったく手綱を緩めていない。やはり1兆円企業になりうる可能性を秘めた企業には、常に優秀な人材を貪欲に追い求めることが経営に組み込まれているのだと、あらためて実感しましたね。
我々もクライアントの人材採用をご支援するにあたって、経営者の方々の採用に対する意識には濃淡があると感じています。いま小林さんからお話のあった経営者の方は、なぜそこまで全身全霊をかけて人材採用に取り組むのでしょうか。
小林:
驚くほど優秀な人材を採用することで事業の機会が大いに広がった経験が原体験としてあるんじゃないかと思いますね。私もDeNAで体験したことがあります。人材採用というのは基本的に、ジョブディスクリプションを設定して適応する人材を募集して選考していきますが、非常に能力が高いもののいまは相応しいポジションがない人材と出会った時に、経営者としてのスタンスが現れる。そうした人材に権限と役割を与えて新しい事業機会をつかみにいくのか、それとも現状では使いどころがないとして見過ごしてしまうのか、その差は経営者の「想像力」次第だと思うんですね。せっかく優秀な人材に巡りあえたのに、機会を提供できないのならば、それは経営側の問題であると。ですから、こんな人材が来れば、こんなチャンスが広がるのではないかと、常にイメージしておくことが大切だと思います。
小林さんはいま、いろいろな投資先企業の経営のサポートにあたられていて、幹部採用を支援されることも多いかと思いますが、採用力が強い企業に何か共通していることはありますでしょうか。
小林:
人材を採用することと、収益を生む事業を営むことを、同じ強度で取り組んでいますね。たとえば、どの企業も営業活動の成果は細かくトレースしていると思いますが、採用活動の進捗まで経営陣が目を光らせてチェックしている会社はあまりない。たとえば、セールスの現場でお客様からの問い合わせを一日寝かせてしまったら、おそらく社内で相当非難されるでしょう。一方で、採用面接が終わった後、面接官のフィードバックが即座に返ってくるかどうかに目を光らせている会社は実はそこまで多くないのではないでしょうか。どちらもリードタイムが大事であり、営業も採用も最高の強度で実行していくべきです。いま国内で屈指の規模にまで成長した上場グロース企業のトップの方は、「採用活動はウェブサービスを開発するように高速のPDCAを回しながら行うべきだ」とおっしゃっていて、事実、その企業は新たな打ち手をどんどん繰り出して優秀な人材を獲得されていました。人材採用においても、マーケットに存在する有力な競合としのぎを削って勝ち抜いていくのだという、そうした意識が徹底されている企業はやはり強いと思いますね。
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優秀なCXOを採用できれば、企業に確変が起こる。
そこにクライス&カンパニーの介在価値を。
小林さんとは毎月、我々クライス&カンパニーのCXO支援チームの面々との勉強会を開催し、どうすれば成長産業に優秀な経営人材を送り込むことができるのか、密にディスカッションして示唆をいただき今後の方針を立てています。
小林:
この勉強会は、私にとっても得るものが多い場です。現在、私は投資先企業の幹部採用や報酬設計などにも関与していますが、クライスのみなさんから提供いただく情報が大いに役に立っている。日々多くの企業と候補者の方々にお会いしているだけあって、労働市場の動向を肌感覚で理解されているんですね。たとえば、最近では投資銀行出身者がスタートアップではなくPEファンドに移るケースが増えているとか、環境の変化によってこの業界の人材は動かなくなっているとか、そうしたリアルな情報はCXOの採用を考える企業側にとっても非常に価値が高いと思います。
CXOを採用しようとしているスタートアップの方々に、小林さんからアドバイスできることはございますか。
小林:
本当に優秀なCXOを採用することに成功できれば、スタートアップ企業に「確変」とでもいうべき大きな変化が起こって進化します。そうした事例を過去いくつか目にしてきました。ただ、それは頻繁に起こることではなく、数年に一度のレベル。その機会を逃さないように準備しておくことが大切で、先ほどお話ししたように、優秀な人材であれば「想像力」をもって敢えてポジションをつくってオファーする。そうした構えをどのスタートアップも持っておけば、必然的に突き抜けていく企業も増えていくと思います。
小林さんがクライス&カンパニーに対して、今後期待していることを聞かせてください。
小林:
採用エージェントというのは、クライアントが提示する要件に沿った人材を紹介して採用できれば合格で、できなければ失格という関わりになりがちですが、その過程において、思いも寄らないような優れた人材を紹介いただくことで企業側も新たな可能性を発見できることがあるんですね。私も過去にDeNAで採用を担っていましたが、ジョブディスクリプションから外れていたもののまずは会ってみようと思って面接してみたところ、「こんな人材が来れば面白い事業が創れそうだ」と感じることが一度ではなくありました。そもそも、自社にいま必要なCXOの要件を完璧に定義できることはあまりなく、対話を通してその定義を広げ、クライアントに真に貢献する人材像を詳らかにする、そんなコンサルティングができるのが理想の採用エージェントだと思います。クライス&カンパニーはそのポジションを務められる知見と能力を十分に有しており、それをさらに高めていくことで多くの企業に良い影響を与えてほしいですね。
我々自身も、この仕事は企業の可能性を広げていくことだと思っています。今後は、先に触れたように超大手企業からディープテックのスタートアップへの人材の移動など、もっと「越境」を促していかなければならないと考えています。
小林:
その通りで、私も「越境」する人材が増えないと、時価総額1兆円規模のスタートアップ企業は生まれないと思っています。「越境」は多様性をもたらすことにもつながり、それも今後のスタートアップ経営には必要です。たとえば、これまでは多大な投資をして赤字を出しても、とにかくグロースすることを優先すべきだという考え方がスタートアップ業界では主流でしたが、果たしてそれが正解なのかと。その価値観が染みついた人材ばかりが集うと、偏った経営しかできなくなる。そこに、まったく違う業界からまったく違う視点や発想を持った人材が加わると、いままで立ち塞がっていた壁を突破できるかもしれない。そうした多様性もいっそう受容していくべきだと思いますね。
では最後に、これからCXOを目指されている方々に小林さんからメッセージをいただけますか。
小林:
「鶏口牛後」という中国のことわざがありますが、優秀なCXOになるには私はむしろ「牛後」でキャリアを積むべきだというのが私の考えです。それも「すさまじく強力な牛」の元で、です。一般的には「鶏口」であることが良いという趣旨の故事成語ですが、海のものとも山のものともわからず、行く末も見えないスタートアップを経営に携わるよりは、強力な経営陣のもとで、強力な事業、強力な組織を経験しておくほうが、結果的には世の中を動かす経験を早くからすることができる。もちろん「鶏口」で得られることもあると思いますが、苦難に巻き込まれて本来の力を発揮できずにキャリアを費やしてしまうケースが多いのも事実で、ならば確かな基盤で成長できる機会が多く、優れた経営者の考え方を直近でみられる「牛後」に身を置いたほうがいい。そうして各所で力を磨いた人材が、自分の人生を賭けてもいいと思える場に結集し、1兆円企業を生み出してほしい。それをクライス&カンパニーとともに、これからも支援できればと思っています。
構成:山下 和彦
撮影:波多野 匠
- ※インタビュー内容、企業情報等はすべて取材当時のものです。
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