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Turning Point 転機をチャンスに変えた瞬間~ビジネスの現場から~

リスクなんて意外と小さい。 取らないほうが、リスクがある。 リスクなんて意外と小さい。取らないほうが、リスクがある。 : 株式会社カブク 代表取締役兼CEO 稲田 雅彦氏

「モノづくりの民主化」という独自のビジョンを掲げ、3Dプリンティングによるデジタル製造技術を駆使して、個人レベルでモノづくりのビジネスを興せる革新的なプラットフォームを展開している株式会社カブク。このベンチャーを立ち上げたのは、かつて博報堂に在籍していた稲田雅彦氏だ。起業に至るまで、稲田氏はどんな思いを抱き、そしてどんな決断を下してきたのだろうか。
株式会社カブク 代表取締役兼CEO 稲田 雅彦氏

稲田 雅彦氏

大阪府出身。2009年東京大学大学院修了(コンピュータサイエンス)。大学院にて人工知能の研究に従事。そのかたわら、人工知能や3Dインターフェースを用いた作品を発表し、メディアアート活動を行う。大学院修了とともに博報堂入社。入社当初から、さまざまな業種の新規事業開発、統合コミュニケーション戦略・クリエイティブ開発に携わる。カンヌ、アドフェスト、ロンドン広告祭、TIAAなど、受賞歴多数。2013年株式会社カブク設立。主な著書「3Dプリンター実用ガイド」など。

若い頃、夢が破れた。だからこそ、社会のために価値あることがしたい。

稲田さんはどのような幼少時代を過ごされたのですか。
私は東大阪の出身です。東大阪はご存じの通り、小さな町工場が集積している「モノづくり」の街。そうした環境で育ったものから、おのずとモノづくりに興味が湧きましたし、自分のルーツですね。
大学ではエレクトロニクスを、大学院ではコンピュータサイエンスを専攻されたとのことですが、それもやはり「モノづくり」を志向していらっしゃったからなんですね。
確かに「モノづくり」への関心は高かったのですが、実は技術系に進むつもりはなかったんです。私は中学の頃から音楽に夢中になって、バンド活動に明け暮れていました。ギター、ベース、キーボード、ドラムとすべての楽器をマスターしましたし、将来も音楽で食べていきたいと。高校卒業後はぜひ海外の音大に進もうと考えていたのですが、留学に必要な奨学金を得ることができず、結局あきらめざるを得なくなった。想い描いていたビジョンが崩れてしまって、せめて音楽に関するモノづくりができればと、その時点で理系に転換して受験勉強を始めたのです。
もともと音楽の世界を志していらっしゃったと。それは意外でした。
そうした経緯もあって工学部に進んだわけですが、一回自分のなかでは夢が破れてしまっているので、もう開き直って何でも取り組んでやろうと。学生時代はハードウェアからソフトウェアまで、あらゆるテクノロジーを貪りました。一方で、メディアアートにも興味を持ち、趣味でいろんな活動も行っていました。「コンピュータにアートはできるのか」をテーマに、人工知能に作曲させてDJをさせるというパフォーマンスを企画し、イギリスでライブをしたこともあります。そこであらためて認識したのは、エンジニアリングにもアートな発想が必要ですし、アートにもサイエンス的な思考は必要だということ。 結局、何をやってもすべてつながっているんだということを強く意識するようになり、それはいまでも自分の行動原理になっています。
株式会社カブク 代表取締役兼CEO 稲田 雅彦氏

将来、起業したいという考えは学生の頃からお持ちだったのでしょうか。
自分で何かを興したいという気持ちはありました。学生時代から個人的にいろんなプロダクトを製作しては披露していましたね。そこで友人たちから「そこに使っている回路が欲しい」とリクエストされることもあったのですが、2人3人ぐらいなら作ってあげられたものの、それが50人ともなると、もうさすがに無理。プロトタイプをひとつ作るのは簡単ですが、量産するのは個人ではやはり難しい。その頃から、個人がもっと簡単にモノづくりができて事業化できるような仕組みがあれば、という思いはありました。
その時の経験が、いま稲田さんが掲げている「モノづくりの民主化」につながっているわけですね。
ありきたりですが、学生時代、司馬遼太郎の本を読んで「世の中のために生きる潔さ」のようなものに惹かれたところがあって……自分自身の夢は結局かなわなかったので、どうせなら社会のために価値のあることをやろうと。そのことは、確かにカブクを起業する時に意識していましたね。