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Turning Point 転機をチャンスに変えた瞬間~ビジネスの現場から~

実績ある人材こそ、進んでベンチャーに行くべきだ。 日本をそんなチャレンジングな国に変えていきたい。 実績ある人材こそ、進んでベンチャーに行くべきだ。日本をそんなチャレンジングな国に変えていきたい。 : KAIZEN platform Inc. カントリーマネージャー 小川 淳氏

新卒で入社したリクルートで実績を重ね、その後、転職したグーグルでも大きな成功を収める。そんな輝かしいキャリアを持つ小川氏が、40歳を過ぎて新たなチャレンジの場として選んだのが、KAIZEN platformという産声を上げたばかりのベンチャーだった。小川氏はなぜ、有名企業から離れてKAIZENに参画したのか。これまでのキャリアを振り返ってもらった。
KAIZEN platform Inc. カントリーマネージャー 小川 淳氏

小川 淳氏

リクルートでモバイルASP事業の立ち上げ、じゃらんでのエリアプロデューサーを担当後、グーグルで広告営業部門の立ち上げ、業界営業部門の立ち上げから責任者、広告代理店事業の責任者を歴任。さまざまな講演活動ならびに行政機関での勉強会なども実施。同社では、世界中でも限られたマネージャーにのみ与えられる“Great Manager Award”を当時日本で唯一受賞するなど高い実績を誇る。その後、2014年2月よりKAIZEN platform に参画し、国内事業を統括するカントリーマネージャーを務める。KAIZEN platformは、あらゆるウェブサービスのUI改善を効率化する、グロースハックツール+グローバルクラウドソーシングのプラットフォームである「planBCD」を企画開発する新進気鋭のスタートアップベンチャー。

くすぶっていた20代。30歳を超えてから、一気にギアがトップに入った。

小川さんはどんな学生時代を過ごされたのですか?
大学時代はひたすらテニスに明け暮れていました。当時はたぶん、私が世界でいちばんテニスを練習していたんじゃないかというぐらいで……本気で「世界一」になりたいと思っていました。実は、あの錦織選手の所属するテニスクラブのカリキュラムで私も練習していまして、いわば彼は弟弟子なんです。向こうは私のことをまったく知らないと思いますが(笑)。学生時代、関西地区のチャンピオンになったこともあり、実際「アメリカに渡ってプロにならないか」いう話もありました。
プロのテニスプレーヤーになるという道もあったのですね。
そうなんです。いま振り返っても、なぜそのオファーを受けなかったのか……やっぱり自信がなかったんでしょうね。それで結局、就職することに。しかし、同期で実業団で活躍している選手もいたりしたので、なかなかテニスは捨てられなくて、社会人になってからもずっとトレーニングは続けていました。だからリクルートに入社してからも、仲のいい先輩や同期から「小川は本気で仕事をしていない」ってずっと言われていました。
就職先としてリクルートを選ばれたのはなぜですか?
体育会のテニス部のキャプテンを務めていましたから、就職には苦労しなかったんです。銀行とか商社とか、体育会出身者を好みそうな企業からたくさんアプローチが来ました。でも、逆にそういう企業を自分は敬遠していたんですね。上下関係がはっきりしていて、先輩の言うことは絶対という体育会で学ぶことは数多くあったのですが、社会人では少し違う形の会社で働いてみたかったのです。当時の稚拙な表現でいうと、「場や年齢に関係なくきちんと議論ができる会社、まわりとケンカができる会社」に行きたかったんです。で、リクルートの人間に会った時、ここならケンカができそうだなと(笑)。実際、最初の配属はFAXなどの通信ネットワークを使ったマーケティングサービスを手がける部署だったのですが、白シャツと紺ネクタイを強要されるようなガチガチのストロング営業スタイルで、それに反発していきなりケンカしていました(笑)。でも、実力ある先輩たちがたくさんいて恵まれていたと感じています。いま、様々な業界で活躍されている方がたくさんいらっしゃいます。その当時の先輩方にはいまだに頭が上がりません。
KAIZEN platform Inc. カントリーマネージャー 小川 淳氏

そうした先輩方から「本気で仕事をしていない」と言われていたのですね。
ええ、テニスにもまだこだわりがありましたし、3年ぐらいは営業にもあまり身が入らず、他の事業部で活躍している同期を横目で眺めながら、なんというかくすぶっていましたね。正直に言えば、そのとき仕事が面白くなかった。
そんな小川さんが仕事にのめり込むようになったのには、どんな契機があったのでしょうか?
実は3年ほど経った頃、結婚しようと真剣につきあっていた女性にフラれたんです。私は関西出身なのですが、彼女と結婚するためにわざわざ大阪支社での勤務を希望したほど。本当にショックで、十二指腸潰瘍にかかって入院する羽目にまでなって……もうどうでもよくなって「転勤で東京に行ってもいいです」と言ったら、すぐに本社に異動になりました(笑)。それを機に、一回、テニスからも遠ざかって真面目に仕事をしてみようと。
小川さんが変わったのは「失恋」がきっかけだったと(笑)
ええ、情けない話ですけど(笑)。でも、気持ちを入れ替えて真面目に仕事に取り組むようになると、だんだん成果が上がるようになり、仕事への興味が高まってきた。そして、東京に来て新規事業の立ち上げに関わったことが、私にとって大きな転機になりました。携帯を使ったマーケティングのASPサービスでしたが、面白そうだと手を挙げそこに参画。そして、そこから一気にギアがトップに入った感じです。その時はもう30歳を超えていましたから、ビジネスマンとしては遅咲きですね。