「日本の30代、40代を熱くしたい」日頃この世代の方々とお会いしていてずっとこんな思いがありました。
そんな中この思いに賛同していただいたお二人(メジャーリーグでエージェントをされている三原徹氏と、
ノンフィクション作家の平山譲氏)のご協力を得て、ようやく実現した企画が「転機をチャンスに変えた瞬間」です。
第一線でご活躍されている方にも転機は必ずあったはずです。
その転機でチャンスをつかんだ、ピンチをチャンスに変えたからこそ今の活躍があるのだと思います。
その瞬間にはたらいたエネルギーの根っこにあるもの、ものすごいプレッシャーの中精神を支えたものとは。
ご登場いただく方々のメッセージを読んで、みなさんが熱く、熱くなっていただくことを強く祈念しております。クライス&カンパニー 代表取締役社長 丸山貴宏

誰もがみな、それぞれの宇宙、それぞれの未来圏へ。

第2回 野口聡一さん 宇宙飛行士

2008年12月22日

インタビュアー 丸山貴宏

  1. 1
  2. 2
  3. 3
野口聡一さん
  • PROFILE
    野口聡一(のぐち・そういち)
  • 1965年神奈川県横浜市生まれ、宇宙飛行士。
  • 東京大学大学院修士課程修了後、1991年に石川島播磨重工業に入社。航空宇宙事業本部に所属し、ジェットエンジンの設計及び性能試験業務を担当。
  • 1996年にNASDA(現JAXA)が募集していた宇宙飛行士候補者に選定されて入社。NASAが実施する第16期宇宙飛行士養成コースに参加。
  • 1998年にNASAよりミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者)として認定。ロシアのガガーリン宇宙飛行士訓練センターにおける基礎訓練コースに参加。
  • 2001年、スペースシャトルの搭乗員に任命。2005年7月26日から8月9日、スペースシャトル「ディスカバリー号」によるミッションに参加。スペースシャトルの安全確認のため、打上げ時の外部燃料タンクのビデオ撮影を行うとともに、3回の船外活動のリーダーとして活動。3回の船外活動の延べ時間は20時間5分。ディスカバリー号は13日21時間32分の飛行後、カリフォルニア州エドワーズ空軍基地に着陸した。
  • 2007年、国際宇宙ステーション長期滞在クルーのバックアップクルーに任命され、現在訓練中。
Next update 野口聡一氏
新たなステージに挑む魅力

2008/12/22

急変と、先が見えない不安の中で

2008/1/5

「きぼう」への、さらなる挑戦

2008/1/13

新たなステージに挑む魅力。

中学生の頃に見たテレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』や『銀河鉄道999』で宇宙への憧れを強め、高校生の頃に見たスペースシャトルの打ち上げで「宇宙飛行士」が将来の夢になった野口聡一さん。大学受験に失敗して浪人したり、一般企業に就職したりと、「ぼくは普通の人だけれど、だからこそ言える。ぼくの経験はどんな人にも起こりうること」という。ただし、壮大な夢を長い間抱き続け、倍率572倍という難関である宇宙開発事業団の宇宙飛行士候補者に選抜されることは、もちろん、相応の努力や才能があってのこと。「偉大なる転職」を成功させ、夢を現実にした宇宙飛行士の、転機をチャンスに変えた瞬間とは──。

「どんな困難が待ち受けているかわからない。やりたいことをやろう、そう本気で思えるかどうか」

丸山:
「宇宙飛行士になる」。子供の頃に多くの人が心に描いた夢を、実際に野口さんは長い時間をかけて実現されたわけですが、著書や講演でおっしゃっていることは、「夢の実現は夢じゃない」というメッセージ。これは多くの人々に勇気を与えているように思います。
野口:
「今は情報が氾濫していて、いろんな選択肢があるがゆえに、自分が進むべき道を絞りきれない、といったことがあるように思います。また、どんなことにも困難はつきまとうはずなのですが、その困難ばかりを先に考えてしまい、やるのをよそうと断念してしまう。夢を見る以前に、夢を見ても叶わないだろうと、最初から諦めてしまう。面白そうだけど、大変そうだから何もしない……。でも、何もしない、ということは、何も変えようとしないということでもある。僕にしても、宇宙飛行士に選ばれた後でも、どんな困難が待ち受けているかわからなかったわけです。それでも、やりたいことをやろう、そう本気で思えるかどうかですよね」
丸山:
野口さんは、幼い頃からずっと「宇宙飛行士になる」という一つの夢に向かって走り続けてきたのでしょうか。それとも、夢は夢として抱きつつも、先のことはあまり考えず、目の前のことをコツコツこなしてきたら夢に辿り着けたのでしょうか。
野口:
野口聡一写真1「後者のほうが近いと思いますね。中学生の頃に見た宇宙の世界を描いたテレビアニメで、宇宙への憧れを強めたことは事実です。また高校へ入学してすぐ、スペースシャトルの打ち上げを見て、夢が目標に結びついたということもありました。高校3年生の進路相談のときには、その目標を口にしたことを覚えていますから。以来、『宇宙飛行士いいな』という思いは、ずっと変わりませんでした。だからといって、宇宙飛行士を目指してまっしぐらに突っ走ってきたかといえば、そうでもないんです。例えば会社に入って1年目に宇宙飛行士候補の公募があったのですが、そのときは応募しませんでした。それよりも、まだ今は会社で新しいことを色々覚えたいなと。その場その場でできることを一生懸命に考えながらやってきて、回り道しながらキャリアアップをしてここまで辿り着いた、そんな感じです」
丸山:
宇宙へ行くというお仕事は、大きなやりがいもあると同時に、大きなリスクもあったと思います。倍率572倍という難関をくぐり抜けて宇宙飛行士候補に選ばれても、実際に宇宙へ行けるかどうかはわからなかったわけですから、会社を退職して新たな一歩を踏みだすまでには相当の覚悟も必要だったのでは。
野口:
「やりたいからやるんだという、若さもあったと思います。応募書類を揃えて出すときから、自分で覚悟を決めて、決断をしました。新たなステージに挑むということに魅力を感じていたんです。いざ転職しようと思ったとき、多くの人は『転職した際のリスク』を考えて逡巡してしまうかもしれません。しかし、『転職しない際のリスク』というのもあるわけじゃないですか。だから、岐路に立って選択するときに、どちらのリスクも考慮した上で、そのリスクをおかして得るものはなんなのか、それを冷静に見極めなければなりませんよね」

<来週につづく>

構成/平山譲

NEXT 1月5日(月)
「急変と、先が見えない不安の中で」

スペースシャトル打ち上げが凍結。多くの宇宙飛行士が退職する中、野口さんは夢をあきらめなかった。
スペースシャトル打ち上げが凍結。
多くの宇宙飛行士が退職する中、
野口さんは夢をあきらめなかった。
  1. 1
  2. 2
  3. 3